第18話 ペンダントの秘密

 セイラが目を覚ますと、そこは無機質の白い空間があった。


 キョロキョロ辺りを伺うと、窓際で校長が景色を眺めているのが見えた。


「校長先生。」

セイラは、上体を起こすと校長に恐る恐る尋ねた。


「あの、ブリギットは、エリカは、皆は…?」

セイラは、ハッと飛び起き辺りをキョロキョロしている。


「お友達は、この通り。眠ってるよ。」

校長は、振り返るとカーテンを開けてみせた。

そこには、ブリギットや、エリカ、その他倒れた仲間や石になった仲間が寝ていたのが見えた。

「良かった…」

セイラは、ホッと胸を撫で下ろした。

「君のペンダントが、護ってくれたんだろうね。」

「ペンダントが…?」

「ああ。このペンダントはな、魔王石と同様の効果を発揮するのだよ。君の御母様の魔力も入ってるんだろうね。」

「この石が、皆を護って元に戻したの…?」

「ああ。そうだな。この石は、神秘の力を有している。君は、お母さんに護られてるんだな。」

「校長先生、石が、この石が燃えたです…それで、魔女二人が炎の渦に飲み込まれて…」

「君の祈りの力が効いたんだよ。君には、魔力の潜在能力が高く備わっている。きっと、お母さん譲りなのだろう。」

「私、魔法って、呪文を唱え杖を振るったり、箒に乗ることだけだと、思ってました。」

「祈りの力だよ。」

「祈りの力。」

「念じ、願いを良い方向に持って行くことなんだ。それには、強い精神力が必要なんだ。あと、君には、お母さん譲りの魔力が備わっている。しかし、この力を使い熟すには長い鍛錬が必要になる。使い方次第では、危険を招き兼ねない。」

校長先生は、ポンとセイラの頭に手を当てた。


校長の手は、暖かく強く身体の内側から燃えるようなエネルギーが湧き上がる感覚を、セイラは覚えた。




 その日の夜、セイラ達は、廊下を出て寮まで向かい各自の寝室へと別れた。


「ねぇ、一体全体、どうなってるの…?起きたら、急にベッドにいるもの…」

ブリギットは、首を傾げた。

「ホントだよね。なんか、変な感じ…どっと、疲労が抜けてたような身体が軽くなったような…」

エリカは、丸渕眼鏡をずらすと目をゴシゴシ擦った。


セイラは、ベッドで仰向けになると、ぼんやり校長先生の言っていたことを思い出しそのまま寝落ちした。




次の日の朝は、全身の力が抜けて気分がみなぎった。全身からマグマが湧き出たようだ。



 今日は、午前から基礎魔術の時間でセイラは、校長先生の言っていたことを思い出し授業に集中することにした。



「基礎固め、基礎固め。」


セイラは、そう言うと廊下へと向かった。


廊下を出ると、上級生の女子三人が腰に手を当て不快そうな顔をしセイラを睨みつけた。


「何か、用ですか?」

セイラは、恐る恐る尋ねた。入学してから、人間の血が入ったセイラに気に食わない人や、セイラの飛行術や、人間性に嫉妬を起こし嫌がらせをしてきた者がいた。その度にセイラは軽くあしらってきたが、今回はこの3人は如何にも怒っているオーラが漂っていた。


「咲山セイラ、ちょっと聞きたい事があるんだけど。」


「え?」



「セイラが、何かしたんですか?」

ブリギットが、上級生達を睨みつけた。


「いいよ、ブリギットも、エリカも皆先行ってて。」

セイラは、同じ寝室のメンバー全員に先に行くように促した。

「でも…」

エリカも、困惑している。

「いいから!」  

セイラは、ブリギットの背中を強く押した。

他のメンバーも、戸惑いながら先を歩いた。

「分かった。私、先生呼んでくるね。」

ブリギットが、心配したようにセイラを振り返った。



「あの…用って、何でしょうか?」

セイラは、他のメンバーが居なくなったのを確認しながら上級生達を睨みつけた。


ー大丈夫。何とかなる。


「咲山セイラ。貴女、ズルしてるでしょう。」


「は?」


「これでも、分からない?この石の事だよ!」

リーダーのボス的な人がそう言うと、他の2人はいきなりセイラの両脇に立ち両手を押さえた。


「な、何するの!?離して!」


「これは、お母様の大事な形見なのよね…これからずっと、わたしの言いなりになるって言うのなら、これ、返してあげても良いわよ?」

リーダー格の生徒は、そう言うとセイラの胸のペンダントを思いっきり引っ張った。

紐はパチンと音を立てて外れた。

「嫌、返して!お母さんの大事な形見なの!」

セイラは、声を張り上げた。

「ふふふ。残念でした。」

リーダー格の女は、得意気にほくそ笑んだ。

「貴女のこのペンダントのせいよ!シリウスだけは、渡さないから!後で、このゴミ、焼却炉で燃やしてやるから!」

リーダー格の女は、キツい口調でそう言うと、セイラのペンダントを握りしめ其の場を去った。

「あ、因みに貴女の仲間は戻ってこないわよ。あたし等の他の仲間が先回りして金弾の呪文で寝かせといたから。」

片割れは、得意気にそう言うと、もう一人に目配せし掴む腕を離した。


セイラは、ずっとバタバタ藻掻いた。しばらくすると、仲間は手を離し其の場から去った。



セイラの頭は真っ白になった。これは、母からの大事な形見なのだー。


ー酷い…これは、ゴミなんかじゃない…


頭が酷く混乱し、目から涙が零れ落ちた。



 セイラが唖然鳥立て尽くしていると、キーンと耳鳴りがし強い違和感のようなものを感じた。

 


 周りは、早口な奇妙なトーンの喋りになりセイラの頭は更に真っ白になってしまった。


 掲示板には、謎の幾何学模様の記号が羅列されてある。


 さっきまで、普通に読めていた筈の文が急に分からなくなった。


「え…どうしよう…?」



 セイラは、全身に汗が吹き出し酷く困惑した。


 母親の形見のペンダントは、不思議な力を宿していた。この石の力で、異世界の住人と意思疎通をしていたのだ。




 セイラは、呆然と外を眺めていた。


最後に見た、哀しげな母親の顔が脳裏をよぎるー。


 そのすぐそばで、アーロンとシリウスが箒に乗って1位を競い合っていたのが見えた。


 外野は、わけの分からない言語で、キャーキャー黄色い声援を送っている。



セイラは、人混みの流れにつられ、階段を下り途方もなく外を出た。 


 周りの早口の奇妙な言語で、頭がキンキン痛くなるー。



 セイラは、唖然としそのレース風景を眺めた。


 アーロンとシリウスは、華麗にUターンをし、弾丸のように急上昇しボールを取り合っていた。


 周りの摩訶不思議な黄色い声援に、セイラは耳を押さえた。



 試合が終わると、色めき立った生徒らがアーロンとシリウスの周りを取り囲んだ。




 セイラは、呆然とその奇妙な言語が飛び交う光景を眺めペンダントを探しに裏庭の焼却炉の方まで歩く事にした。




 30分以上歩き、焼却炉の方まで来てみたがペンダントらしきものは、何処にもなかった。



 セイラは、俯き下を眺めていた。


 ふと、あたりをキョロキョロ伺いコチラに向かって走ってくる人影があった。


 セイラは、それを無視し下を眺め虫を見つめていた。


 ガンッと、大きな人影とぶつかった。

 見上げると、そこにはシリウスの姿があった。


「すみません、ぼうっとしてました…」


と、言いかけたその時、セイラは戸惑い俯いた。


ーバカだ…通じる訳ないじゃん…


 彼は、この世界の住人だ。私は、摩訶不思議な奇妙な呪文を唱えているように聞こえるだろうー。


「いや、悪いのは俺の方だ。大事な手掛かりを見つけて…」

シリウスは、流暢な日本語で話した。

「え…?分かるの?」

セイラは、仰け反った。そこには、安堵のようなホッとする気持ちが混じっていた。

「昔、お前の世界に居た頃、親からそこの言語を教え込まれた。一応、文字も分かる。」

シリウスは、ゼェゼェ息を荒げているようだ。

「…あの…ペンダント、ペンダント見ませんでしたか…?エメラルドグリーンの卵型で先端が尖ってて…サイズはこのくらいで…」

セイラは、手で分かりやすく形とサイズをジェスチャーした。

「さぁ…知らないな…」

シリウスは、困った顔をし首を傾げた。



「どうしよう…」


 セイラは、混乱し涙を流した。


 ペンダントは、異世界との意思疎通の他に、母との想い出が沢山詰まっている。

 

セイラは、母に冷たくあしらい暴言吐いた。

母の悲しい顔が脳裏に焼き付くー。

それが、最後に見た母の姿だ。


 今でも後悔の念はあり、時々、苦悩している。


 セイラは、生前、母が大事にしていたペンダントを肌見離さず大事にしているのだ。


「お母さん、ごめんなさい…」

セイラは、涙を流した。


「そのペンダントは、例の魔王石のような力が備わっているのか?」

シリウスは、表情を微動だにせず、再び日本語で話しかけた。

「…ええ。でも、何で?」

「前に、俺は、魔王石を見たことがあるんだ。」

「え…?どういう事…?」

「その魔王石のせいで、俺の友人は亡くなった。」

シリウスの目には、強く燃えたぎるような怒りが滲み出ていた。

「そうなの…?」

「悪い。余計な話だった。」

シリウスは、俯き握りこぶしを強く締め付けた。



「あ…ペンダントが…!見つけた!」

上空で、巨鳥が前足にペンダントを吊るしながら悠然と飛んでいるのが見えた。


「あ、待って、待って、待って!」

セイラは、慌てて巨鳥を追うー。

「おい!」

シリウスは、呼吸を整え強い口調でセイラを呼び止めた。


 


 セイラは、校長が祝辞の時に言ったことを思いだした。


ー明らかに敵いそうのない敵には、無闇に近寄らず戦いを挑もうとはしないこと。先ずは、逃げることだけを考えなさい。高等部になるまで、攻撃呪文は封じること。己の力で制御しきれない魔法は、決して使わないこと。己の身の安全を第一に考えなさい。それと、基礎を磨きなさい。護身のための呪文だけは、必ず全てマスターすること。これが、後から必ず君たちの役に立つ。


 セイラは、向こう側の城の屋根に乗った巨鳥をじっと見つめたー。


 全長、五メートルは優に超え内側に膨大な魔力を有しているのを、セイラは感じた。


 コイツは、今の私には明らかに敵いそうにない敵だ…


ー無闇に挑んだりしたら、闇落ちするのだろうかー?



 巨鳥と目が合う。彼は、金色の鋭い眼光でセイラわ、睨みつけるー。

 セイラは、巨鳥の左足の爪にぶら下がったペンダントを見つめた。

 右脚の爪には、学校に代々受け継がれている精霊石がぶら下がっている。この石は、学校で厳重に管理されている筈なのに、どうしてー?この精霊石のお陰で、学校は護られているのだ。生徒のうちの一人が、持ち出したとしか思えないー。使い方次第では、災厄を招き兼ねないー。


 ふと、脳裏に母親に暴言を吐いた時のことを思い出したー。


『お母さんなんか、大っきらい、もう、二度と関わりたくない!』


哀しげな母親の表情ー。

最後に見た、母親のしおれた姿ー。


そして、精霊石は1000年以上も間、学校を護ってくれている大事な石だー。ましてや外部に持ち出されると、大災害が起きることだろうー。


セイラは、唾を飲み込んだ。


「ア、アクシス、風の精霊イシスよ、今こそ現れ、我に力を与え給え。」

呪文を唱えると杖の先端から白い閃光が放出され、巨鳥の額に当たった。


 巨鳥は、ギャーギャー呻くと身体を大きくくねらせセイラ目掛けて弾丸のような勢いで襲ってきた。そして、口から真っ赤な炎を吐き出した。


「いや…」

セイラは、目を瞑ると再び呪文を唱える。

「光の守護の精霊、ホワイトサンシャインユニコーン、ここに現れ、我を護り給え。」

セイラの杖の先端から、白い膜が出現しその膜から、純白に光るユニコーンが出現した。


 巨鳥の炎は、そのユニコーンの角に吸収される。ユニコーンは吸収した炎に己の炎を載せて跳ね返した。


 巨鳥は、強く悲鳴をあげると再び炎を吐き出した。ユニコーンは、炎に耐えるも懸命に耐え続けているー。


「どうしよう…このままじゃ…」

セイラは、焦るも自身の全ての念力を消費したー。


この呪文は、高等部に入らないと習わない上級呪文だ。




「青白い雷に包まれた、金眼の漆黒の龍よ、今ここにい出、我らを護り給え。エクシス.ペンタゴン。」

 振り返ると、杖を携えたシリウスが、静かに呪文を唱えていた。彼の髪が、ふわりと舞い彼の眼が、一瞬金色に光った。   

彼の杖の先端から、青い閃光がジグザグに出現した。

 その閃光は、青光りしながら、中では漆黒の渦がグルグル形を成していた。

 辺りに、台風のような強風と花火のような眩しい閃光が襲い掛かり、セイラは顔を覆った。

 その稲妻のような光り包まれた漆黒の渦は、金眼のドラゴンのような姿を成し、巨鳥に青白い雷を吐き出した。


 巨鳥は、ギャーギャー激しく鳴きながら再び身体を大きくくねらせた。

巨鳥は、動きが徐々に弱くなっていきそして、地面に落下した。



 セイラは、目を閉じ伏せて丸くなった。


ー凄い…これで、私と2つしか違わないなんて…



地面に強い落下音が響き渡り、セイラは巨鳥の爪からペンダントを取り戻した。


「良かった…。この鳥は、何でペンダントに…」

セイラは、深く安堵のため息をつくと

「これらの石は、魔王石鳥何らかの関連性が高いのかもしれない…魔王石と、対になるような作用があるんだろうな…」


「魔王石と…?」


「ああ。因みに、この鳥は、魔王石に関係のある誰かの使いなんだろう。敵か味方かは、知らないが…」


「そうなんですね…あ、もう、これがあるんで、私の言語に合わせなくても大丈夫です。意思疎通できる石だから…」

「そうか…因みに、お前にさっきの二つの呪文はまだ早い。あの敵は、お前に敵わない。老人と赤ん坊位の差だ。今は、守りに徹するか逃げるかにした方がいい。これらの石はよっぽど大事モノなのだろうが、奴との戦いにお前は、かなりのエネルギーを消費していたし…」

シリウスは、そう言うと意味深に眉を寄せペンダントを凝視していた。


 辺りに、学校の鐘が鳴り響き渡る。

「あ、私にまだ早かったですよね…もー、全身の力が抜けてがくがく震えてます。石が戻って良かったです。助けてくれて、ありがとうございました。」

セイラは、ペコリとお辞儀をすると次の授業へと急いだ。


 シリウスは、何やら深く考え込んでセイラの後ろ姿を見つめているのだった。


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