第17話 魔法と秘密 ⑤



 セイラは、重たい口調で恐る恐る異様な少女に尋ねた。

「魔王石で、めちゃくちゃにしたのはあなたの仕業…?」

「ああ?あたしは、御御主人様の手助けをしたまで。この石があれば、思春期のお嬢ちゃんなんか、簡単に手に落ちるからね。ていうか、あんたの学校自体に随分と遊ばされてきたからね…あたしは、鬱憤を晴らしてやりたいのさ。なんなら、あんたも石にしてやりたかったんだがね…?」

少女は、パイプの煙をセイラ向けて吐き出す。セイラは、再びゴホゴホ咳き込んだ。

学校に居た時、感じた異様な気配は2つあった。その内の1人が、コイツなのだろうー。


 あたりが強くぐらつき、粉塵があちこちに巻き起こった。地面に亀裂が生じ、セイラの全身は重くなっていった。


「お、御主人様…!」

ヴェロニカは、人が変わったかのようにハッとしぱっくり拡がっていく亀裂を見つめている。


 亀裂の中から、朱色の炎が噴出した。その炎は、メラメラ辺りを覆い尽くした。

 セイラは、顔を覆い強く目を閉じた。


「久しいな。ヴェロニカ。」

渋く低いおぞましい声にセイラは仰け反り、恐る恐る顔を向けた。

 目の前には、高さ三メートルは優に超えるかと思われる黒い鳥が翼を拡げ、全身に朱色の炎を纏っている。


「御主人様…ようこそおいでで…」

ヴェロニカは、怪物に向かい丁寧にお辞儀をした。


「ふふふ。これが、魔王石の力だよ。人を腐らせ腐敗させ、奈落の底に陥れると有名なこの石は、人を幸せにする代わりにその対価を支払わなくてはならないー。」

低く渋くおぞましい、地獄のような声が辺りに響き渡るー。セイラは、身震いし視線を足元へやった。

「人間だし、お嬢ちゃんだから楽だったでしょうね。」

ヴェロニカは、愉快そうに嗤う。


彼は、鳥だろうかー?

その巨大な黒い鳥は、羽を撒き散らしながら悠然と歩く。 

彼の足跡には、さっきまで生えていた筈の草花が枯れ果て虫の死骸があちこちに散乱していた。


「この石は、人を堕落に貶める悪魔の石さ。この石には、不思議な力が備わっていてね、人の怨念や死霊、封印されし悪魔の力が宿ると言われているのさ。」

カッカッカ…と、不気味に嗤う。

「それは、凄いですね…!この石は、次々とあらゆる生命体の感情や魂、力を吸収するという訳ですね!」


「そうさ。この石は、神秘の石なんだよ。人を魅力しこの石の虜となる。つまり、依存せずにはいられないのさ。」


朱色の炎で、セイラはピンときた。コイツが、この前、ブリギットの身体を乗っとった時の魔女だとわかった。今は、怪鳥の姿であるが、石の力でより強力な化け物に姿を変えたらー!?


ルーナに石を渡したのも、多分、コイツだろう。コイツは、変化自在だ。ルーナの弱みを握り、学校の先生に化けて魔王石を渡したのだ。


 怪鳥は、ゆっくりとセイラの方を振り返る。

セイラの背筋にゾクゾクと湿った寒気が流れた。汗が滝のようにほとばしる。


 セイラは、怪鳥と顔が合い、ビクッと仰け反った。

 

 そして、硫黄のような魚が腐敗する不快な臭いが立ち込める。


 セイラは、口に手をあて強い吐き気を抑えた。


「ほう…この娘が…」


 怪鳥は、おぞましい声を発するとカラカラと乾いた笑い声を発した。


「しかし、よく、石の誘惑に負けなかったな…お前の、母上そっくりだ。」


「あたしは、思い出しますね!強情さときたら、忌々しい母親譲りなのさ!」

ヴェロニカは、刺々した声を発し腰に手を当て強く貧乏ゆすりをしている。彼女は、セイラの母親に相当苛ついているようだ。


 怪鳥の翼の尖端が、微かにセイラに触れようとしセイラは3歩付さりをする。


 セイラは、冷たい雨に打たれたかのようなじめじめとした気持ちの悪い感覚を覚えた。


 杖はあるが、あの時唱えた魔法はコイツに効かないことは分かっていた。


 セイラは、ペンダントを強く握りしめひたすら祈ることしか出来ないー。


ーお母さん、助けて!助けて!


 セイラは、あまりの恐怖に目から涙がボロボロ零れ落ちた。


「お嬢ちゃん、久しいな。あれからどうだね?皆は、すっかり平和な日々を過ごしてるじゃないかい?」


 セイラは、俯き強く目を閉じた。


「そうかい、そうかい、皆、愉快にこうして石になっているな…さぞかし夢心地が良かったんだろうねぇ。」


 怪鳥は、セイラの方まで首を近づけくちばしで頭を突いた。


 セイラは、恐怖で何もできない。全身が、鉛のように重くなり立っているのがやっとだ。頭がクラクラしまともな思考が働かないー。



 セイラのペンダントが、炎を纏い勢い良く燃えた。


「な、何よこれ…?」


 セイラは、不安になりペンダントから顔を離した。



 怪鳥が翼ゆゆらゆら揺らし頭をセイラに近付けてくるー。


 その時だった。

 

 怪鳥と、ヴェロニカの動きがぴたりと止まった。


「ど、どうなってるの…?」


 セイラは、不安になりあたりを伺う。

落ちかかった木の葉や、飛んでいたトンボや蝶が空中でぴたりと動きを止めたのだ。


 このペンダントには、神秘の力が備わっているのだろうかー?


 セイラは、胸のペンダントをその怪物の方へと向けた。



ーお願い!お母さん、助けて!



 ペンダントが放出する炎の勢いは、益々強くなっていき怪鳥とヴェロニカを包み込んだ。


 炎は、渦を成し益々威力は強くなってくるー。



 竜巻状の渦になった炎は、器用にセイラだけを避けているー。



「ギャアアアアアアア!」


 炎の渦の中から、化け物の雄叫びとヴェロニカの金切り声が聞こえてくる。


 悲鳴は、徐々に弱くなっていった。



 セイラは、そこで意識を失った。

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