第14話 魔法と秘密 ②

「ねぇ、この口紅見てー、あと、このグロスも!」

「私は、このマスカラ買っちゃった…」

「私は、まつ毛美容液でこんなに綺麗に…」

「わあー。すごい!ねぇ、こっち見てみて、エメラルドにサファイアでしょ、あと、ルビーも…」

「わぁー」


 ルーナと同じ寝室の女子達は、魔王石を知ってからは派手になっていき、贅沢三昧になり欲深くなっていった。


 エウロパは、食欲旺盛になり石の力で好きな食べ物を出現さ好きなだけ食べ、シャープな体型になっていた。


 そして、シーラは全く勉強はせず授業もあまり聞かず、寝てばかりいるか遊び呆けていたのだった。


 彼女達は、退廃していき自由気ままな生活をするようになった。






 そんな今日も、ブリギットは刺々しく振る舞っていた。



「ブリギット、最近どうしたの?いつものブリギットじゃない」

「やめて、話しかけないで。」

ブリギットは、眉を釣り上げセイラの手を振り解き速歩きでその場を去った。



 それは、数学での授業のことだった。

 先生が、難解な数列の問題を黒板に書いていた。

「では、この問題が分かる人…」

「はい!」

「はい、シーラさん。」

 シーラは、堂々と歩くと黒板にスラスラと複雑な公式を4行にまたがり書いていき、周りを驚かせた。


 この日の数学は、複雑な公式が続き覚える事が多く生徒の頭を悩ませた。

 しかしながら、シーラは調子が良く小テストも満点を取った。


 先生は、続けて因数分解の問題を黒板に書き記した。

「では、このXの答えが分かりますか?」

 周りが頭を抱え悲鳴を上げている中ー、シーラが一人だけ堂々と手を伸ばした。

「はい、先生。」

「シーラさん。」

「X=4と、X=0です。」

「正解です。今日も調子が良いですね。では、この問題も解けますか?」

「勿論です。先生。」

シーラが、隣のエリアの問題を眺め公式を解こうとしたその時だった。

「あれ…?」

「シーラさん?」

「あ、えッ…?」


 シーラは、急に問題の意味がさっぱり分からなくなった。


 魔王石の効力が切れたのだろうかー?いや、魔王石の力は無限にあるはずだ…


ーここで、恥をかくわけにはいかないー。


 シーラは、制服のスカートのポケットにある魔王石を触れ『解けるようにして!』と、強い口調で命令した。


 魔王石は、一瞬光ったがその輝きは弱いー。


「えっ、どうして…?」

「シーラさん、どうしました?」

「いや、先生…」

 シーラは、たじろいだ。

 彼女は、ずっと魔王石にばかりすがっていて、まともに勉強してないどころか授業も聞いたふりをして寝てばかりでいたのだ…


 この問題の解き方が全く分からないー。魔王石は何故か効かないー。

 意味不明な幾何学模様のような記号のついた問題を目の前に、シーラは慌てふためくー。

「シーラさん?」

「…先生、あの…」

「シーラさん、どうしたのですか?顔色が悪いですよ…?」

先生は、心配になりシーラの顔色を伺う。

「え、あ、あの…」

 シーラの顔は、青ざめていた。

 今更になって、わからないとは言えないー。とうとうそのつけが来たのだろうかー?

 全身から、冷汗が滝のように吹き出て流れる。

「先生、そうなんです。お腹の調子が悪くてトイレに行きたくなりました…」

シーラは、苦し紛れに適当な言い訳を考えお腹を押え苦しいふりをした。

「シーラさん、顔色が悪いみたいですね…頑張り過ぎは禁物です。医務室でゆっくり休んできなさい。」

「はい。私、駄目な自分を変えたくて、頑張りすぎて緊張してたみたいなんです…では、失礼します。」


 シーラが、速歩きでそそくさとその場を去ろうとしたその時だった。

 シーラの制服のスカートのポケットが、一瞬光り石がカラカラと音を立てて転がり落ちた。

 


「シーラさん、これは何ですか?」


「いや…これは、ただの石です。」

シーラは、しどろもどろになり俯きながら答えた。

「ちょっと、見せなさい。」

先生は、何かを勘づいたのか丸渕眼鏡をギラつかせ石を凝視していた。

「え…」

「見せなさい。」 

 先生の強い口調で、シーラはビクッと仰け反り渋々先生の方に向かって歩いた。彼女の全身から、益々冷や汗が吹き出し流れていった。


 そして、ブルブル震えた手で先生に魔王石を手渡したのだった。




 それは、飛行術の授業の時である。


ルーナは、急カーブをすると右に大きく傾きこっそり杖を振るい呪文を唱えた。


「イグニス、幻覚を見せよ。」



彼女らの目には、ドラゴンに襲われ重症を負い全身血塗れのルーナの姿が見えてていた。

「ルーナさん!」

マーガレットは、箒に乗り急いでルーナに近寄る。

「ルーナさん、しっかりなさい!ルーナさん…!?」



 学校の医務室のベットで、ルーナは横になりひたすら演技をしていた。


「どうしたんだい、ルーナ、重症を負ったと聞いたから、飛んできたぞ。」

「もう、ホントだわ…大丈夫?」

父も母も心配そうな顔でルーナを見つめている。

「ねぇ、パパ、ママ、私ね…ドラゴンに、ドラゴンにやられたの…凄く怖かったわ。」

ルーナがそう言いかけた時、父親と母親は、急に顔を変え首を傾げた。


「あら、私、一体…」

「ホントだ…私もなんでこんな所に…」

「パパ、ママ…ちょっと…」

ルーナは、不安になる。

「本当に、大事な学会に遅れてしまうぞ!」

「ホントだわ!これからメリッサの懇談会に行かなきゃいけないのに‥」

「え?嘘でしょ…」


 ルーナはベットから起き、愕然とした。腕時計を確認しコチラに背を向け部屋を出る両親を、不安気に見つめていた。


 そして、扉が勢い良く閉まる音が響き渡り虚しい静寂が残った。


 


 それは、満月が不気味に大きく照らす夜の事だったー。セイラは、忘れ物を取りに教室に戻る途中、廊下でブリギットとすれ違った。

「ブリギット、ねぇ…」

セイラは、ブリギットを呼び止め彼女の向かいに回った。


 ブリギットは、俯き目元が見えないー。すると、急に野太い喋り方をしセイラを驚かせた。

「そうさ。私は、愉快なのだよ。この、世界は…カカカ…」

「ブリギット…どうしたの?何か、変な魔法にかかったの?」

口調や喋る内容まで、全くブリギットらしくなかった。いつもの穏やかな喋りとは打って変わり、力強く明朗な喋りだ。声そのものは変わらないが、何処となく強い違和感があった。


 すると、ブリギットの足元の影がゆらゆら不気味に揺れていたのが見えた。


「何‥?あなた、ブリギットじゃない‥?」

セイラは、ブリギットの影に視線をやり2歩後づさりした。

「そうさ。この世界は、醜い人の欲望の渦で満ち溢れてるのさ。才能、容姿、金、環境、それぞれの能力値は不平等だ。私は、人の欲望を魔王石で満たし歓びを与えているのだよ。」

ソイツは、ブリギットの身体で愉快そうにせせら嗤う。

「な、何の為に…。元のブリギットに戻してよ!中から出てってよ!」

「それは、この娘が決める事だと思うがね…この娘の望んでいた本来のこの娘自身なのだよ。この娘は、自分に魔女の才能がないからずっと思い悩んでいた。家族は魔法界のエキスパート。兄弟全員、魔女、魔法使いの才能がある。しかし、何故なんだろう。自分にだけ魔女の才能がない。なんの素質が適性がない。家族からのプレッシャーにもがき苦しみ、そして、とうとう才能が開花した。この娘には、ダークマターとしての才能が素質が備わっている。私は、この娘が気に入ったよ。この娘の未来が先が知りたいんでね…」


 ソイツは、ブリギットの身体を占領し好き放題喋り続け、そして、足元の影が不気味にカッカッカッカ…と、笑い続けた。


「な、何が、可笑しいの…?あんたのせいで、みんなぐじゃぐじゃ…堕落して、傲慢で、欲深くなる者まで出てきた…」

「私は、本来の人の醜い欲望を引き出してやっただけなのさ。」

ブリギットの顔が、不気味なニヤケ顔になった。

「な、何言ってるの…?そんな筈はない。みんな、善悪はついてるもの、理性はあるもの。それで、周りと調和し…」

セイラは、恐怖を感じながらもそれを表には出さず息を飲んでいた。

「それは、理想論だね。理想論で何もかもうまくはいかない。まだ、くちばしの青いお嬢ちゃんには分からないかね…」

「ブリギットを、返して!」

セイラは、杖を握る。全身から冷や汗が吹き出す。恐怖を見せたら、向こうの思う壺だ。


セイラは、ゴクリと息を飲み深呼吸をした。


「アクシス、光の守護者よ、今、そこにいで闇を食い尽くせ。アクシス…」


 この前、寝る前にパラパラ捲った時にたまたま目にした呪文だ。

 これは、闇の魔術に対する白魔術だ。


 セイラは、呪文は苦手だ。

 しかも、この呪文の説明は複雑であまり頭には入らなかった。どのような効力はないのか、うろ覚えだ。


 地面が光り、六芒星のマークが出現した。

 純白のユニコーンのような姿をした生き物が姿を現し、角を向け影に突進する。



「これしても、無駄だよ。影は実態がないのを知ってるだろう?」

影は、ブリギットの身体を利用し不気味に嗤う。

ユニコーンの角は、影を直撃する。地面が白銀で光り、その閃光は辺りを覆い尽くす。


あまりの眩しさに、セイラは顔を覆った。



影から藍色の渦が、竜巻状に形を成し光を吸収しようとするー。



地響きと強い旋風で辺りは強くグラついた。


セイラの全身は、鉛のように重くなり地面にへばりついた。


藍色の渦は、ユニコーンを飲み込み混んでいく。


「そんな…」


セイラは、絶望した。重苦しく湿った恐怖を襲う。



ーもう駄目だ…



すると、強烈な熱波と熱風が包み込み、セイラの身体の鉛はなくなり軽くなった。


藍色の渦は、朱色の閃光に包まれたちまち消滅した。


セイラが振り返ると、そこには杖を携えた校長が険しい表情で立っていた。

「校長先生。」

「その魔法は、お前にはまだ早い。」

「ブリギットは、大丈夫ですか?」

「ブリギットは、もう大丈夫だ。」

校長は、倒れているブリギットの側まで歩き彼女を抱き抱えた。

「先生がブリギットを入学させたのは、才能があるからですよね?ブリギット、ずっと悩んでいるみたいなんです。」

セイラは、早口でブリギットのこれまでの状況をしきりに説明した。今、ここで言わねばならないと、思ったのだ。

「ブリギットには、魔法の才能がある。私は、この娘の秘められた才能が気になっててね…」

「秘められた才能…?」

「ああ。でも、それには困難がつきまとう。その答えをこの娘自身が見つけ出さねばならない。」

「…答え…?」

「ああ。そういう事だ。光あらば闇もある。闇に魂を売るか売らないのかは、お前達自身の問題なのだよ。」

校長の声は、いつにも増して低く渋くなっていた。   


 校長とセイラは、静寂に包まれた暗く長い廊下を歩いていった。


 セイラは、校長の言っている意味を考えてみることにした。

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