第30話 果てしなき深淵 ③


ブリギットは、沈黙した。

シリウスは、悪魔に取り憑かれ頭を抱えてもがき苦しんでいる。


ブリギットは、深く深呼吸をし呪文を唱えた。

「エクセクト・デ・アクシス・ブラスト・ライト…」


「ブリギット…!」


セイラは、ブリギットが心配になった。

彼女の眼光は険しく金色に光り、全身から汗が滝のように迸っている。血管も額からくっきり浮き出ている。顔も赤く火照っている。


セイラは、何か力になりたくても、禍々しい悪魔を前に為す術がなかった。


ブリギットは、ありったけの力を使いツタに全魔力を注いだ。


ツタは、空間を覆い尽くすかのような感じでみるみる大きく膨らんでいった。


大きな地響きがこだまするー、


その揺れはみるみる大きくなっていき、セイラは床にへばりついた。


そして、大きく上下左右に揺れは強くなっていった。



悪魔のおぞましい金切り声がこだました。


セイラは、咄嗟に耳を閉じた。


重力の感覚もおかしくなっていくー。



しばらくすると、揺れはなくなりツタも小さくなっていきシャボン玉のように弾いて消えた。


ブリギットは、ふらつきながらも片膝をついた。


「…シリウスは、もう大丈夫よ…」



「ブリギットは、大丈夫なの…?」



「ええ…何とか。」


「な、何があったんですか?話してください!」

セイラは、体勢を立て直すシリウスに問い詰めた。

「お前らには、関係のない事だ。特に、ドル・イドなんかに話したくは無い。」

シリウスは、ブリギットを軽く睨むとセイラの手を振り解き、その場を去った。


「…ま、まだ悪魔の呪いは解けてないから、しばらく慎重に行動して…」


セイラは、そう言いかけたが彼の耳には届いてはなかった。



「ブリギット、どうしよう…この瓶、渡すつもりだったんでしょう…?」



「大丈夫よ。彼の体内に中和剤を仕込んだから。」


「良かった…」


セイラとブリギットは、元来た道を戻る事にした。


何故か、迷路のように入り組んでいた道が簡素で単純に様変わりしていた。


だが、2人は何処かしらざわざわした釈然としないものを感じていたのだ。






その日は、とうとう、交流会最終日が来ただ。最終日ということだけあって、学園内が活気が溢れている。


「セイラ、敵は未だいる。一応、念の為に、この薬を持っていて。万が一、彼に何かあったら、これを飲ませるのよ。」

ブリギットは、セイラに謎の若草色の小瓶を渡した。


「うん、わかった。」

セイラは、ブリギットから小瓶を受け取ると内ポケットにしまいチャックを閉めた。


中等部は、男女合同参加のラグビーが行われることとなり、セイラは運良くシリウスと同じチームとなった。


魔法学校のラグビーは、通常のラグビーとは違い箒に乗って飛び交う。


上空で行われるスリルある花形スポーツだ。


先生の合図に合わせて、列に並ぶ。

ふと、すぐ横にシリウスの姿があった。

「あっ、シリウス…」

セイラはそう言いかけるも、彼は俯き何処かしら上の空のようだった。


マーガレット先生の合図に合わせて、箒に乗って飛行する。


笛が鳴り響き、ボールを投げる。


「セイラ、頑張って!」

後方から、声援が響き渡るー。


セイラは、真っ先にボールを受け取ると敵陣のゴール目掛けて猛突進した。


敵も、ボールを受け取ると応戦する。


サッカー場位の広さの庭で、儂のようなスピードで飛び回るー。


その日は、一番白熱していた。


シリウスに黄色い声援を送る、女子の黄色い声援が飛び交うー。


シリウスは、セイラのパスを繋ぐといつもの鷲のような猛スピードで全身を丸め、ボールを抱え走る。


彼は、華麗な箒さばきで敵を次々と振り解きゴール目掛けて一直線に走るー。


ボールを抱えて走っていたシリウスのスピードが、急に緩くなった。


「え…っ、あ…?」


ーお前、裏切ったな…


シリウスの乗っている箒が、不安定に蛇行しぐにゃぐにゃ大きく不安定に揺れた。


シリウスは、頭を抱えブンブン頭を強く振った。


そして、彼は抵抗する素振りを見せ、ボールをゴール目掛けて思いっきり投げつけた。


ボールは、弾丸のようなスピードでゴールを決めた。


会場内で、白熱した黄色い声援が飛び交うー。


「シリウス、やったね!」

セイラは、シリウス目掛けて箒を飛ばしてきた。


だが、彼はそれどころでは無かった。


シリウスは、激しく頭をブンブン横に振った。


彼の脳内に、鐘が打たれたかのような強い音が鳴り響いた。


ーお前は、ここで死んでもらう…!


「くっ…」

シリウスの全身から汗が滝のように迸るー。彼の乗ってる箒は、急上昇し遥か上空の天に届きそうな勢いで、弾丸のように舞い上がった。


「シリウス!」


セイラは、箒を握り締めるとシリウスに近づいた。


セイラの身体が、反射的に動いたのだ。


「シリウスさん、セイラさん、待ちなさい!」


後方から、マーガレットが呼び止める声が聞こえた。


場内から、ざわざわ黄色い悲鳴がこだました。


セイラは、マーガレットを無視すると、箒を握り締め急上昇させた。


「シリウス、待って!」


セイラは、杖を振るい呪文を唱えた。


「アクシス、現れよ!ユニコーン!」


ユニコーンは、空色の光に包まれ出現した。翼を拡げ猛突進するも、見えない何かの力によって掻き消された。


しかも、ここだと影が関係ない。


あの、影を潰さないと、影の悪魔は攻撃出来ない…


「しまった…ここだと、影が…」


シリウスも自分も、空高い所にいる。


影が出来るような状況じゃないー。



この辺りに、高い建物は何か無いだろうかー?


もう少し、走れば灯台に近づく


今のうちに、シリウスに術を発動させた方が良いだろうかー?


次第に天候は荒れ、次第に雲が黒灰色に様変わりしていった。


「シリウス!」


セイラは、懸命にシリウスの後ろを負う。


「セイラ、待って!」


後ろから、ペガサスに乗ったブリギットの姿があった。



「…ブリギッド…。」



「セイラ。敵は、もう複数いる。魔法使いサイドか、またはドル・イド側に敵がいるのだと思う。」


「そんな…シリウスは…」



何故か、セイラはシリウスが気になるのかが、分からなかった。



セイラは、ずっと前からシリウスの姿を見ていると、ふと、何処かしら懐かしいようなホッとするような不思議な感覚に襲われるのだ。



それは、遠い昔に、かつて自分が置き忘れてしまった大切にしていた筈の貴重品のような感覚なのだ。


おぼろげにある、既視感のような、この感じは、一体、なんだのだろうー?


シリウスは、今、とても苦しそうだ…


その光景を見ていると、セイラの心は鋭い刃物が突き刺さるような感覚を覚えた。





セイラは、母が亡くなったあの光景がフラッシュバックした。



巨大な花の化け物ー。


花を自在に操り、母の腹部を胸を貫いた。



鋭く尖った牙を剥き出しにし、ニタリとほくそ笑む…あの、悪魔。


禍々しく深く重く、黒い炎。


漆黒の蝙蝠のような禍々しい翼。


花の化け物は、ムシャムシャ音を立てて母の身体を噛みちぎる。


奴の口からぼたぼた垂れる、母の真っ赤な血。



恐怖と戦慄と、果てしなき深い絶望…


あの時、守られることしか出来なかった非力な自分ー。


母を救うことが出来なかった、何も出来なかった、弱い自分ー。


悪魔から

守りきれなかった同級生。


もう、誰も失う訳にはいかない。


シリウスの姿は、みるみる遠くなっていく。

ぐにゃりと蛇行し、深い深い霧の中へと消えていくー。


セイラも弾丸のようなスピードで、彼の後を追う。

身体全身に、強風が針のように突き刺さる。


もう、限界が来ている。


彼は、悪魔によって操作されている。何処か、危険な場所へと誘導されている。


セイラの力では、追いつくのは困難だ…

だが、何が何でも彼を救いたいー。




ー私も、召喚魔法が使えれば…



セイラは、ふと召喚魔法が脳裏を過ぎった。


精霊、ユニコーンを召喚しようか…?


いやー、自分の魔力だとたかが知れてる。


シリウスを救えないどころか、悪魔に返り討ちにされてしまう。


じゃあ、どうすれば…



誰か、召喚魔法に長けた魔法使いを…


居た…精霊召喚に長けていた魔法使いー。


彼は、あらゆる召喚術に精通している。

だが、彼はもう死んでいる。

死者を召喚することは、禁忌である。


引っ張られかねないし、

最悪、自分の身をも滅ぼしかねないー。


だが、彼の魂はこの辺りに眠っている。

偶然にも、彼自身の墓が近くにあるのだ。


もう、誰も失いたくは無いー


「セイラ、貴女にはまだ早いわ。」

遥か後方から、ブリギットが追いつこうとしていた。

セイラのやろうとしていることを察知したブリギットは、青ざめ動きを氷のように固まった。


「…」


セイラは、無言でごクリと唾を飲んだ。


死者召喚は禁断魔法であり、今使ったら厳しく処罰されることになる。


早くシリウスを助けなくてはならない。


自分は、退校になる覚悟は出来ているー。


シリウスの箒のスピードは、グングン速くなった。



そして、セイラは、とうとう呪文学の教科書で見た決して唱えてはならない禁断の呪文を唱えることにした。


魔法陣を使わなくても使える、簡素な召喚魔法ー


召喚対象者の墓は、すぐこの辺にあるー。


セイラは、杖を大きく振るい呪文を唱えた。

「ええと、銀の炎、鋼の鋼鉄、輝く光の罠ー、アクシス・エターナル…今、ここに現れよ。」


セイラの全身から、強い疲労感が襲ってきた。全身が感電したかのように、強く痺れを感じる。


セイラの周りを、強い白銀の光が包み込んだ。


稲妻に打たれたかのような、強い痛みを全身に受けた。



白銀の炎は徐々に弱くなり、セイラの目の前に白ひげを生やした柔和な顔立ちの魔法使いが姿を現した。


「なんだいー?さっきまで、良い夢見てたところなんだ…」

その魔法使いは、欠伸をしながらセイラの目の前に現れた。



「お願い、ロイドさん!シリウスを、助けて…!悪魔に取り憑かれてるの!何か、あったんだと思う…!」


セイラは、叫んだ。


「はて?悪魔かね…?」

ロイドは、寝ぼけているようだ。


「ロイドさん、お願い…!」



セイラのその言葉に、ロイドは、次第に眼光に光が宿してきた。


彼の周りには、白銀色の炎が取り囲みもくもくと入道雲のように湧き上がった。





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