第28話 果てしなき深淵 ①
ベアリアルが封印され、召喚者スピカが消失した暗く寂しい空間で、二人は無言で立ち尽くした。
セイラは、ごクリと唾を飲みブリギットの方を向いた。
ブリギットの、堂々とした大人びた雰囲気は、いつものオドオドした温和なイメージとは真逆であり、まるで何か精霊のような者に取り憑かれているかのようだった。
ブリギットは、何やら神妙に沈思黙考しているかのようだった。
彼女の妙に落ち着いて大人びた雰囲気から、セイラは何処かしらとっつきにくく感じ、しばらく、重い沈黙が流れた。
セイラは、意を決して恐る恐る彼女に話しかけてみた。
「ブリギッド…あなたは、何者なの?」
「ごめんね。ずっと言いそびれてたの。記憶も長年奪われていたから。今、話す時が来たわね。」
ブリギットは、意味深に空間内の髑髏を見つめると何やら深く考え込んでいた。
彼女は、喋り口調から言動からして、セイラが知っている気弱で朗らかなイメージとは対照的であった。ブリギットは、本当に何者かに取り憑かれているような感じである。
辺りは、ジメジメと不快な湿気と寒気が襲ってきた。
「ドル・イドが、何故、魔女学校に…?」
2人は、杖に光を灯し空間内を探索することにした。
セイラは、あまりの寒さにブルブル震えながら歩いた。
「ちょっと、調べたいことがあってね…。」
ブリギットは、表情一つも変えずに首を傾げ天井から吊るされた髑髏を見つめていた。
セイラは、髑髏と目があったような気がしてゾクッと身震いした。
「それって、魔法使いや魔王石について…?」
「ええ…あと、禁断魔術…悪魔もね。」
「悪魔…?スピカは、スピカは、戻って来れる?」
「それは、無理よ。肉体がないから。でも、魂なら、召喚出来るかもしれない。その子に沢山聞きたいことがあるから。」
「…そうなんだ…」
セイラは、悲しさと嬉しさが混じりあった、でも、寂しいような複雑な気持ちに襲われた。
スピカという女の子は、地味で目立たない子だった。
だが、魔術や悪魔、精霊や妖精に詳しく、博学であった。
グループワークでも、よく助けられた。
セイラは図書館で熱心に調べて彼女たちに感心していたのだ。
彼女は内気で心を閉ざした感じの子だったが、もっと歩み寄れば違っていたのかもしれない。と、セイラは後悔の念に囚われた。
しばらく歩いて、セイラはハッとした。
この辺りは、広く暗い洞窟になっており、あのメルヘンティックな部屋は幻想に過ぎないということなのだった。
二人は、幻術にかかっていたのだ。
「ねぇ、これって…スピカが、悪魔から、力を…?」
「ええ、そうね。スピカは、悪魔から力を借りて幻術を身につけていたのね…」
ブリギットは、表情や態度微動だにせず犠牲者の髑髏の山々を眺めていた。
「ねぇ、二つ聞いていい?」
セイラは、ブリギットを不思議そうに見つめながらふと疑問に思ったことを尋ねた。
「何?」
ブリギットは、セイラを振り向かず何やら手がかりを探っているようだ。
「ドル・イドって、僧侶でしょう?ドル・イドって、何?何故、この、魔女学校に…」
「私は、昔、とある村に、ドラゴン達と共に暮らしていたの。しばらく平和に暮らしていたわ。」
ブリギットは、立ち止まり今までにない神妙な顔つきでセイラの方を振り向いた。
「ドル・イド教とは 古代ゲール人によって信仰されていた宗教で、その祭司をドル・イドと呼ぶの。 ドル・イドは、祭司だけでなく天文学者、裁判官、政治的指導者などゲール社会において幅広い分野に精通しなくてはならなくてね…」
「…」
ブリギットの目つきは、今までになく狼のように鋭く尖っておりセイラはごクリと唾を飲み、喉が詰まるような感覚を覚えた。
「私は、かつてそこのパンドラという組織に属していたの。神や天使にに祈り生命を操り、
私は、そこの巫女としての役割をしていたわ。時には、研究して、宝具の開発も担ったの。」
「…そうなんだね…」
「そんなある日、我々は魔王石の影響で、家族を失ったの。それで、魔法使い側に強い恨みを持つ者が増えてきたわ。それで、魔法使い側と交戦を行うようになった。そんな戦いが激化した中、死者を蘇生したり、人の魂を操作する禁忌の術に手を出す者まで現れた。私の所属していたパンドラという組織は、段々闇に染まってしまい、そういう禁断の術式に次々と手を染めて、悪魔を呼び寄せる者まで出たという訳…」
「その事…他に誰か知ってるの?これを、何で私に…?」
セイラは、あまりの深く重厚感ある話に思考が停止し、気の利いた言葉が思いつかないでいた。
「サルマン校長先生なら、分かってると思う…貴女に言った理由は、何故か信頼出来るからよ。」
セイラは、あの、セピア色にあせた写真を思い出した。
校長先生とブリギットは、何らかの繋がりがあるのだろうー。
二人は、洞窟を出ようと元来た道へと戻ろうとすると、ハッとし辺りを見渡した。
「…ねぇ、ブリギット、この辺り、知ってるよね…?何で戻ってるの…?私たち…」
「これは、…私たちもしかして、呪いに掛かって…」
ブリギットの瞳孔が、激しく揺れた。
これは、彼女にとって想定外の事態のようだ。
自分たちも、いずれあの骸骨のようになってしまうのだろうかー?
セイラは、ガタガタ震えて辺りを不安げにキョロキョロ見渡した。
しばらく歩くと、暗闇の奥の方から足音が聞こえてきた。
その音は、ゆっくりこちらに向かって近づいてくる。
二人は、目を凝らし光を灯す。
暗闇の中から、シリウスが姿を現した。
「シ、シリウス…?何で、こんな所に…?」
「その、スピカという子について、調べていてな…」
シリウスは、神妙な顔つきで真っ直ぐセイラを見ていた。
「…えっと、知っていたんですか?」
セイラは、ビクっと仰け反った。
「ああ。」
「例の、ベアリアルという悪魔についてなんですけど、知ってますか?」
「ベアリアルか…?あの、悪魔は、本でならひと通りの情報は、調べてる。だが、流石に実際に見た事はない。奴は、年頃の少女の前にしか姿を現さないだろ?」
「はい…で、スピカの肉体が蒸発しちゃって…」
「その子だって、分かってたんだろ…?禁断魔術を使った罰だ。それに、肉体がどうにもならないのなら、もう、手の施しようがないんだ。」
「そんな…」
「駄目よ。」
ブリギッドは、セイラの左肩に手を当てて首を振る。
「来てたんだな?ドル・イド…俺は、お前らに復讐を果たしにこの学校に来た。魔王石に何かしたのも、お前ら、パンドラの仕業だろう?」
シリウスは、眉間に皺を寄せブリギットを強く睨みつけ杖の先端を向けた。
「シリウス、どういうことなの…?」
セイラの言葉を無視し、シリウスはブリギットに詰め寄る。
「俺の仲間は、友人は、お前らパンドラと例の奴らのせいで…」
シリウスの顔は、鬼のような険しい形相になった。余程、深い事情を抱えているのだろうー。
ブリギットは、軽く瞳孔を揺らすも冷静沈着にシリウスを見つめていた。彼女は、何やら深く考えているようだった。
二人は、しばらく目を合わせ続けた。
セイラは、ただ、その光景を外野から眺めていることしか出来ないでいた。
シリウスの先端の青い光は、徐々に強まっていき花火のようにバチバチ強り光と音を立てた。
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