第33話 果てしなき深淵 ⑥

巨人は、哀しげな眼差しでセイラ達を眺めていた。


この眼には、哀しみと怒り憐れみといった複雑な勘定が入り乱れているようにセイラは感じた。


「おっと、もう…時間切れだな…」


ロイドの声と共に、巨人の身体は次第に透けていきそして消失した。


「この少年は恨んでいたよ。お前ら、魔王石に関する者達をだ。『皆殺しにしてやるか?』と聞いたら、強く首を縦に振ってたさ…」


閣下は、顔をわざとらしくゆがませ手を拡げ首を大きく横に振った。


「お前が、誘導尋問したのだろう…。」


ロイドは、冷静さを保ちながらブツブツ何かを呟いていた。

新たな術式を展開しているのだろう。


「そりゃあ、彼は恨みはあるものの殺意はそこまでは強くはなかったさ。殺すつもりはなかったことだろう。彼は、歳の割に理知的で状況把握がしっかりできていた。復讐心で人を殺しても何も利益は生まないことは、分かっていた。寧ろ、自分にも周りにもマイナスな状況にしかならないことを理解していた。

自分は、非力な少年だということが分かっていた。吾輩は、扱いに苦労したものだ…だから、引き出してやった。彼の心の深くにある、深層心理とやらをな…」


閣下は、カッカッカッカ…と、乾いた笑い声を上げた。


「魔王石を破壊する予定だったのを、人に刃を向けるように誘導したのは、この吾輩なのだよ。」


「引き出したのは、魔王石の力でか…?」


「まあな、ちょっと細工して使いやすく改良したがな。」


閣下は、愉快と言わんばかりに得意げに自慢をしてきた。



「ところで…だ。サルマンとやらは、どこに居るのだ…?」



「サルマンだと…?」

「サルマン校長先生をー?」

「ああ。あの野郎は、吾輩との約束を破棄したのだ。」

「破棄だと…サルマンがそんな…」

セイラは、言葉に詰まった。サルマン校長は、評判の高い先生だ?

「サルマン校長を、うちの校長のことを知ってるんですか…?」

「ああ。旧知の仲だ。もう、大分前に仲違いをしたがな…」

「仲違い…?

「もう、大分古い話だ。」

ロイドは、懐かしむような遠い顔をした。




「ん…?」


「もう、大分力を費やしたが、これで最後にしようか。このお嬢ちゃんの願いを叶えてあげないといけない。召喚者の願いは、絶対だ。」


ロイドのこの深い表情から、セイラは母と重ね合わせた。


セイラの母は、決断力と行動力があり大胆だった。


窮地に追いやられた仲間を、いつも危険を顧みずに助けた。



魔法の才能があったからこそ、上手くいったのだろう。


でも、母の手は優しさもあった。


白く細く優しい手ー。


セイラを守ってくれた。



2体の悪魔の周りを、複雑な

記号の記された帯状の物がクルクルと複雑に取り囲んだ。



「ほう、吾輩は、これを待っていたのだよ。さっきは唯の余興さ。」


閣下は、パチンと指を鳴らした。


すると、帯状の紋様は溶けだした。



「ほほう。考えたな。だがな…ここからなのだよ。」


ロイドは、得意げな表情をし両手を大きく拡げ天を仰いだ。


上空の雲がぐるぐると目まぐるしく渦を形成した。


その形成されたものから、次々と人のような形を形成した。


ベネチアのような幻想的な仮面を被った、人達がオーケストラのように楽器を演奏している。


風が目まぐるく渦を形成する。


閣下は、左右非対称の歪な笑みを浮かべた。


「ほほう。これで、どうなるのかね?」



「これは、観ての聴いてのお楽しみだ。」


ロイドは、得意げにそう言い放つと再び帯状の模様が光りながら出現した。


強風が地面を深く深く切り刻む。木々が細かく切り刻まれる。地面が大きくぐらつく。


葉が細かく切り刻まれる。


地球が崩壊するほどの威力を放つー。


ー彼は、凄いー。


セイラは、強風に煽られながらその様を眺めていた。


「何だ…そういう事かね。」

ロイドは、小男に合図すると指をパチンと鳴らし指先から朱色の炎を放出した。小男も指先から黄土色の炎を放出した。



2体の悪魔は、指先から炎をだすと上空の楽団目掛けてロケット花火のように次々と火をうちはなった。


強風は炎を飲み込み、楽団は炎によって飴のように溶け出そうとしている。


ロイドは、再び杖を振り持ちこたえる。


彼の額から、汗が滝のように流れ出している。



ーこのままでは、ロイドもシリウスも悪魔に飲み込まれてしまうー。


「アクシス、煌めけ、駆け抜けろ!ホワイトナイズ・ユニコーンー!」

咄嗟に、呪文が口から出た。

一瞬、母の顔が思い浮かんだ。


セイラの杖の先端から、ユニコーンが出現した。


ユニコーンは、空色の光に包まれながらこちらを見つめている。



全身が光のシャワーに包まれているかのように、熱くそして眩しいー。


「よし、ここからは共同作業としようか。これから、術式を分解して切り分けていく。」



セイラは、ロイドを信じる事にした。



シリウスの顔の血管は、破裂する程盛り上がっている。



ー早く、シリウスを救わなくてはー!


ユニコーンは、帯状の紋様の中に入っていった。


帯状の複雑な紋様は、複数に浮かび上がりキラキラ輝いた。


朱色の炎は、黄土色の炎を吸収しドリル状に激しく渦を成した。


楽団は、再びもくもく浮き上がり上空から風を仰いだ。



両者は混じり、花火に包まれているかのような強い熱と真っ白な世界に辺りは包まれた。


「術式展開、完了する!」


ロイドのその言葉に、バチバチと強烈な白銀のシャワーが降り注ぎ強烈な熱波にセイラは汗ばんだ。



「ウオオオオアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」


森中に、悲鳴が轟いた。

その悲鳴は、地獄の雄叫びだった。


激しい渦と、熱波にセイラは飲み込まれそして気絶した。






気が付くと、セイラは学校のベッド出横になっていた。


全身が鉛のように重くだるかった。




ーロイドさん、ありがとう…



セイラは、心の底から彼に感謝した。



彼は、多分時間切れで消えたのだろう。




「全く…」

奥の方から、マーガレット先生の声が聞こえてきた。セイラは、重い足取りでベットから起きるとカーテンを開けた。

「先生、悪魔が…悪魔がシリウスに取り憑いたんです。シリウスが器にされてしまっていて…」

「言わずとも、分かっています。ああ、折角の交流会だというのに、何でこんな事に…」

マーガレットは、腕を組んで深々と溜息をついた。

「精霊石が、精霊石が一時的に無くなったのと、何か関係があるのでは無いでしょうか?」

「それは、私も気になっていた所なのよ。」

マーガレットは、眉を深く八の字にして何やら深く考えこんでいた。

「しばらく、ここで安静にしてなさい。」

マーガレット先生は、そう言うとその場を去り扉をパタリと閉めた。



ふと、奥の方で何やらもぞもぞ動く人影を見た。


ーシリウスだ。


恐る恐る歩き歩み寄る。


「あ…いきなり、ごめんなさい。折角の交流会台無しになって、すみません。まさか、悪魔が…悪魔が出るとは思いませんでした。」


すると、シリウスはカーテンを開けた。

彼は、ベットから上半身を起こしてこちらを見つめている。

普段の穏やかな感じの少年がそこに居て、セイラはホッとした。


「いや、いいさ。悪魔に隙を見られた俺が悪かった事だし。お前のあの能力は、何なんだ…?だがな…俺は、何か、拍子抜けしてさ…期待はずれだった。この学校も、先生も…」


「え…?」


シリウスの、いつにもなく厳しめな口調にセイラは軽く凍りついた。


「あ、あの…何があったのか教えてくれませんか?」

「お前に、それ話して何になるんだ?」

シリウスのその狼のような鋭い目つきと刺々しい口調にセイラは、全身が氷柱に突き刺さったような感覚を覚えた。


一瞬、ドライアイスのような乾いた寒気と重い沈黙が流れた。


「お前らは、全く緊張感がない。そんなお前らに話しても無駄だと、言うんだよ。きっと、この学校は、あの時の精霊石が盗られてからおかしくなったんだろ。セキュリティーは万全だった筈。門番とかいたから、誰も犯行不可能。だとしたら、内部の重鎮の犯行だろう。となると…先生か、生徒会役員の仕業。誰かが、何らかの目的で精霊石を盗った。あの黒い鳥の飼い主と繋がりがある人物。」


シリウスは、しばらく考え事をした後、早口で事の詳細を推理した。


「…」

セイラは、言葉に詰まった。彼は、過去に深く暗い何科があったのだ。慧眼の持ち主だろう。

彼は、きっと頭が良い。一緒に居たら、きっと頼もしい事だろう。


「俺はまだしも…自校の生徒を悪魔から守れないのは、大問題じゃないのか?全く、先生は、無能だな。」

シリウスのその鋭い突っ込みにセイラは胸がグサリと抉られた。スピカと、ベアリアルの件だろう。

「でも、うちの学校は創立1000年を超える…由緒正しき…」

何とか、言葉を考え話しているが、まとまらない。どう、言い返せば良いのかが分からない。 学校の先生は、皆良い先生なのだ。魔法に関する知識や経験が培われている。

「それは、形式だけだろ?本質がなってないって事なんだよ。俺は、今まで沢山の悪魔を見てきた。取り憑かれた人を見てきた。学校の生徒も、皆、お気楽なもんだよな。上辺しか分からない。平和なもんだぜ。そして、だ。きっと、サルマンはグルだ。」

シリウスは、更に厳しい追い討ちをかけた。


「そんな。学校のみんなを、サルマン校長の事を呼び捨てで悪く言わないで下さい!」


流石に、自校の仲間や先生の事を悪く言われると我慢がならない。


折角、学校の皆と打ち解け仲良くなってきた頃なのに、友達だって出来た頃なのだ。


セイラの母親も、長らくお世話になってきたのだ。


セイラも、幼少の頃、何度か彼に助けらた。救われたのだ。

深く皺が刻まれた分厚い手に頭を撫でられた。その皺には、長年の魔法使いとして培われた経験が、そして、先生の温和な人柄が染み付いているのだ。

この手に、セイラはホッとし、護られているようにも感じた。


聡明で温厚なサルマン校長が、学校を裏切るだなんて…


でも、悪魔と何か取引をしていたこと、ロイドと何かあったのは事実らしいー。


だが、セイラも、流石に黙ってはいられないー。


セイラは、唇を強く噛み締めた。


「この目は、何か、隠してるような図星のようだな。もう、この学校に来ることはないと思うけど…最後にこれだけは言っておく。この学校は、混沌だ。いずれ破滅する。」


シリウスは、いつにもなく厳しい目付きで刺々しく、しかも、日本語で言い放った。


彼は、過去に何があったのだろう?


彼は、齢15歳だ。自分とそんなに歳は離れてない筈だ。


だが、彼は、幾千もの茨の道…重い十字架を背負って来たようにも思えた。


彼のこの目が、いつにもなく棘のようにセイラの胸に深く抉り突き刺さった。


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