第4話 風の丘の彷徨える子羊と魔境のドラゴン ①

 その日は、魔法史と基礎的な呪文の時間ばかりだった。魔法史は、年老いた先生の子守唄のような優しげな口調に眠くなり、基礎的な呪文は、厳格な先生にひたすら100回も叩き込まれた。セイラの脳はついていけなく、頭はパンクしそうだった。そして、ほぼ眠気に襲われた。


 セイラは、初めてなことばかりで寮の自室のベットでぐったり横になった。

「魔法史、疲れたね…折角、ワクワクする話だと思っていたのに、頭に入らなくて寝落ちしちゃったよ…」

セイラは、深い溜息をつくとブリギットの方を見つめた。

「・・・」

ブリギットは、無言で横になり丸くうずくまっていた。。

 セイラは、そっとしてあげようと見て見ぬふりをした。ブリギットのやつれた殺伐とした雰囲気から、セイラはブリギットは家庭との間に何か問題を抱えているのだろうと、察した。


 そして、自分が魔法学校を受けるきっかけについてぼんやり考えた。

 叔父から聞いた話だが、セイラの母親は不思議な力が備わっていた。



ー6年前の、母との日常が脳裏を過る。


 庭には、一面ペチュニアの花。赤、ピンク、薄紫のペチュニアが静かな丘を鮮やかに彩るー。


 その丘で、母と1頭のドラゴンが心を通わせていた。

 ドラゴンは、傷だらけで深い重症のようなものを負っていた。


 母は、ドラゴンにペチュニアの花を与えて、彼の額を優しく撫でていた。そして、ドラゴンと額を合わせ、何か話をしているようだった。


 母は、オカリナを吹いた。清々しく、透き通る旋律を奏でる。

 風に包まれ、異郷の地へ迷い込んだかのような奇妙な旋律に心が安らぐ。緩やかで優しげなメロディが辺りを優しく包み込んだ。

 ドラゴンは、コックリコックリ頭を上下させた。幸せそうな顔でゆっくり眠りに落ちていった。

 

 静かな丘で鮮やかで優しい花々に包まれ、母とドラゴンは心を通わせていたのだった。



ーお母さん…お母さんは、教えて。どうして、私はここに居るの?お母さんに、不思議な力があるの?私にもその力があるのかな…?ー


 セイラは、横になりながら母との記憶をおぼろげながらも思い出し、ドラゴンとの事について思いをはせらせていた。



 夢の中に、ドラゴンが出てきた。谷間の向こう側から、ドラゴンがこちらへ向かってゆっくり歩み寄ってきた。対峙すると、その巨大さが分かる。


 深緑色の艶のある鱗に、燃え上がるような紅いルビー色の瞳ー。


 学校の体育館の天井を突き抜けるかのような巨大なその龍は、優しげな眼差しでセイラを見下ろした。



 彼は、何処かしらしきりに自分に何かを訴えているかのようだった。





 翌朝、セイラは起きたら身体全体が軽くなっており、清々しく爽やかな感覚を覚えた。

不思議と、魔法にかかったかのように全てが前向きに感じられりるような気がしたのだ。


「おはよう。」

セイラは、ブリギットと目が合うと恐る恐る話しかけた。

「…おはよう。」

ブリギットは、表情が穏やかになっており、セイラは安堵した。

 


「今日は、飛行術だね。…で、午後は数学に、言語学、そして、占い学…と…うーん、1日中、飛行術か占い学だといいのにな…」

セイラは、ため息つくとテキストとノートを揃えた。数学と言語学のテキストをペラペラ捲るたびに、深くため息が出そうになる。

「まず、新入生は基礎的な所から入っていくのよ。土台硬めが出来てないと、白魔女になれないどころか最悪…」

ブリギットは、そう言いかけて俯き顔を濁らせた。

「…え、何?」

セイラは、ブリギットの深刻な表情から何処となくザワザワさたものを感じ取った。

「ママから聞いた話だけどね…昔、入学試験をトップで合格した子が居てね…その子の全スコアが平均の3倍から4倍程高かったのよ。それで、歴代で一番優秀な魔女だって、将来を期待されていたの。そして、若干15歳で学校の看板になったの。だけど、性格が徐々に傲慢になっていって、闇堕ちしたのよ。」

「・・・闇堕ち!?」

「彼女は、己の力を過信し行き過ぎた傲慢さで身を滅ぼす結果になってしまったわ。」

「彼女は、どうなったの…?」

「彼女は、完全に悪魔に魂を売ってしまって、人間の魂を求め続けてると言われているわ。また、影を操るのが上手くて奪ってしまうねよ。」

「奪われた人は、どうなるの…?配下になるとか、ゾンビになるとか、人外になって人を襲うとか…?」

「正式には、影を奪われた者が人形にされてしまうの。人形になった者は、理性も生前の記憶も奪われ自我も全く違うものに塗り替えられるの。そして、完全に、配下になって二度ともどってはこれないー。そして、ひたすら人の魂を求めるとも悪魔になるとも言われているわ。」

ブリギットは、今まで以上に真剣な表情をしていた。親が魔法界のエリートらしいから、彼女は魔法界に詳しいのだろう。

「もしかして、例の13人の魔女の中に…」

「ええ、その、中のNO1、最強の力を有した魔女よ。小柄で華奢な少女の姿をしてるけど、かなり危険で魔法界から指名手配されてるわ。今は、幼児退行化して、姿を完全にくらましてるみたいなんだけど・・」

「名前は・・名前は、何て言うの?」

「駄目よ、影になっちゃう・・」

ブリギットは、首を強く振ってガタガタ身体を震わせていた。




 暗い廃墟の城の中で、小柄な黒髪の少女がブツブツ独り言を言いながら人形の髪をクルクルいじって遊んでいた。少女の年齢は、15から16程だろうか、目元は前髪で隠れておりほとんど見えない。肌は白く、黒のゴスロリのメイド服を着ていた。

 暖炉の前の椅子に体育座りのような格好で座っていた。

「やあ、アナベル。」

奥の二階から、派手な格好をした女がハスキーボイスで、階段を降りてきた。

「また、どうした?こんな辛気臭い顔して。まさか、ずーっとおままごとしてたんじゃないんだろうな…?」

「・・・」

少女は、無視すると再びブツブツ独り言を呟き続けている。

「はあ~、お前といると、調子狂うよ。精神年齢は、何百年もお子ちゃまなままだもんな。それでも、ナンバー1だなんて、信じられないよ。」

ハスキーボイスの女は、顔をしかめると指先から炎を出現させ、咥えていたパイプに灯した。


 アナベルという少女は、ブツブツ謎の呪文を呟き続けた。

そして、ピエロのような不気味な笑みを浮かべたのだった。

  

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