第24話 気が付けば僕はまた嘘をついている〈2〉

 男子トイレの前に行くと、壁際に桐谷のバッグが置かれていた。

 それを確認して、俺は中に入る。


「お、やっときたか」


 先に用を足していた桐谷は、俺に気づくと、白い歯を見せる。


「高校生にもなって連れションて……」

「んだよ。いいじゃんかよ。それより、あかりは帰ったのか?」


 別に尿意があるわけではないが、棒立ちで話すのもあれなので、俺は桐谷と一つ空けた小便器の前に立つ。


「部活行ったよ」

「あいつも色々大変そうだもんな」

「だな」


 クラスではどちらかというと目立つ桐谷と教室の端の方でひっそりと過ごしている俺。そんな俺達がこうして並んで用を足している光景を誰が想像できただろうか。

 特に桐谷に対して苦手意識があるわけじゃないが、やはりどうしても気まずく感じてしまう。


「お前、俺たちの話聞いてたろ」


 こちらに一切視線を向けず、前を見据えたままで桐谷は言った。


「気づいてたんだな……」

「バレバレ。廊下の足音めっちゃ聞こえてたし、教室の前で止まったからクラスの誰かだろうなって」

「そうか。まぁ、悪かったな。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、タイミング逃したっていうか」

「別に聞かれても困ることないから気にしないけどな。というか、俺はお前がタイミング見計らって入ってきたと思ったけど」

「……俺はそんな空気読める人間じゃねぇよ」


 そう言って肩をすくめると、ふぅと小さな吐息を漏らす。


「お前、嘘下手だな」


 気が付くと用を足し終えた桐谷が、こちらを見てそう言ってきた。

 トイレを流す音がやけに大きく聞こえる。


「小森ってあかりのこと好きだろ」

「は?」


 突然の問い掛けに思わず声を上げてしまった。


「いや、なんでそう思うんだよ」


 否定しても良かったのだが、何故かそうすることができなかった。

 桐谷の目つきが変わったからだ。

 いつものおちゃらけた雰囲気とは一変し、まるでこちらを敵対視するかのような鋭い目をしている。


「男の勘だよ。今日もお昼一緒に飯食ってたらしいし、文化祭の実行委員決めるときもお前ら裏で動いてただろ。俺の経験じゃ男と女でそういう行動を一緒にする奴らは大体そういう関係だって相場で決まってる」

「それ信憑性低いだろ」

「かもな。でも、俺の予想は当たってると踏んでるぜ」

「さぁ、どうだかな……」


 俺と桐谷はしばらく睨み合う。

 しかし、桐谷はすぐに「ぷっ」と吹き出すと、口元を押さえながら笑い始めた。


「はははは! やっぱ、小森は面白いな!」

「は?  何がおかしいんだよ」

「いやいや、普通なら『んなことあるわけねーだろ』とか言い返すと思うけど、お前は違ったからさ」

「……ていうか、お前こそあいつのこと好きなんじゃねぇの?」


 反撃の一手として、俺はそう切り返した。

 すると、桐谷は一瞬驚いたような表情を見せた後、さも当然のように答える。


「ああ、好きだけど?」

「……」


 あまりにもあっさりと答えた桐谷に、俺は言葉を詰まらせる。

 リア充はこういうことを恥ずかしげもなく言えるから凄い。


「おいおい、なんか反応しろって」

「いや、あんまりにもストレートに言うからびっくりして」

「別に隠す必要もないからな。クラスでも1、2を争う可愛さだし。性格も明るくて、誰に対しても優しい。まぁ、胸が小さいのが残念なところだけど、それでも充分過ぎるくらい魅力的なやつだよ、あいつは」

「……」


 こいつの言う通り、あかりは可愛い。それは俺も認める。

 実際よくモテるし、告白された話なんて何度も聞いた。

 だからどこぞの男子が惚れたとしても不思議じゃないし、別に驚くようなことでもない。


 ――でも、お前だけは勘違いで済ましてほしかった。


「じゃあ、俺はそろそろ部活行くわ」


 そう言うと、桐谷は踵を返してトイレから出て行こうとする。


「なぁ、桐谷」

「ん? なんだ、もしかしてライバル宣言?」


 桐谷はこちらに振り返り、にやりと笑みを浮かべる。

 もし、俺に恋愛相談をしてきたやつがこいつだったら、間違いなく俺は背中を押していただろう。


 あかりと桐谷。

 クラスでも人気の高いこの二人が付き合えば、きっと誰もがお似合いだと口を揃えて言うに違いない。

 そして、あいつがそれを望むならどれだけでも協力したはずだ。


 馬鹿だなぁ、相談相手間違えてんだよ。

 恋愛も、お前らがよくいう青春とやらも俺は経験したことないし、そんな人間が人の恋路にアドバイスできるわけがない。


 美少女ゲームみたく選択肢出してくれ。

 きっと今から言う事は間違いで、本当はもっと違うやり方があるんだろう。

 でも、死んだおじいちゃんに『女の子を泣かしちゃいけない』って口酸っぱく言われたし、仕方ない。


 悪いな、桐谷。お前の好敵手、踏み台になるつもりはない。

 お前がどれだけあいつと仲がいいのかは知らないが、俺もそれなりに長い付き合いなんだ。友達以上、恋人未満の関係、ちょっとした嘘や冗談くらい許してくれるだろ。


 ――だから、叱り飛ばしてくれよ


 俺はちげーよと前置きして、言葉を吐き捨てた。


「俺、あいつと付き合ってるんだわ」


 どうか許してくれ、この最低な大ウソつき野郎を。

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