第25話 気が付けば僕はまた嘘をついている〈3〉
日付が変われば、クラスの文化祭準備も本格的にスタートする。
といってもクラス全員が協力的なわけもなく、時折教室内に女子の「ちょっと男子ー!」といった聞き馴染みのあるフレーズが響き渡る。
まじか、リアルの学校生活で聞くことあるんだ、このセリフ。
傍から見ればこの一幕も晴天模様の青春日和に映るかもしれないが、その中心にいる太陽さんはどこか曇った表情をしていた。
「あかりー大丈夫? なんか元気ない?」
「え、ううん。全然平気だよ」
「そう? ならいいんだけど。実行委員だからってあんまり無理しなくていいからね? 体調崩したら元も子もないんだから」
「ありがとう、
クラスメイトの心配の言葉に対し、笑顔を返すあかり。
いつも元気100倍、青春と二次創作BLしか勝たんー! とか言ってるあいつにしては珍しく、今日はずっと浮かない顔をしている。ごめん、変な暴露したわ。
特に深読みする必要もなく、何かあったのは明白で、その原因が何なのかも察しがつく。
俺は一人教室の端で作業をする朝霧さんに目を向けた。
いつもはゆるりふわりとした雰囲気で周りに溶け込んでいる彼女だが、今はどこか物憂げな様子を醸し出している。
ちらちらとあかりの方を窺っては、ため息をつくという行為を繰り返していた。
あの人も相当分かりやすいよなぁ……。
昨日の今日でそこまで気まずくなるものなのかといったところだが、少なくとも二人の間には微妙な空気が流れていた。
「どうしたもんかね……」
俺は小さくそう呟きながら、窓際で駄弁る男子の輪に視線を向ける。
そこでは桐谷を中心とした数人の男子が盛り上がっていた。
「おっしゃ! じゃあ、罰ゲームはこれで決まりだな!」
「ああ、異論なしだぜ!」
「ちょ、待てって! それだけは勘弁!」
「じゃあ、決定ってことで!」
どうやら負けたやつにジュースをおごらせるというしょうもない賭けをしているようだ。
一人の男子が必死に懇願するも、周りの男子はニヤリと口元を歪ませている。
「ほれ、早く買ってこいよ」
「くそぉ……」
集団の一人に財布を手渡され、項垂れながら自販機へと向かう男子。
正直言ってちょっと楽しそうで羨ましい。男子高校生のああいうノリって憧れる。
俺の友である
それにしても桐谷はいつもと変わらずって感じか。
昨日あの後、クソみたいな嘘をついた俺に対して、あいつは怒りもせず、笑いもせずにただ「そっか」とだけ答えて出て行った。
もっと追及してくるかと思ったのに拍子抜けである。
果たして、俺の言ったことは正しかったのだろうか。
桐谷の気持ちを知った上で、あんなことを言ってしまったのは軽率だったと思う。
けど、どうやらあかりにはまだ伝わってないみたいだし、そもそも桐谷が俺の嘘を見抜いている可能性もある。
複雑な関係が生む弊害。友情と恋愛、高校生というのは実に面倒な時期だ。
「……まぁ、いいか」
深く考えるのは性に合わないし、とりあえず俺はいつも通り生活するだけ。
そう思い、俺は作業に集中しようとシャープペンシルを手に取った時だった。
「あかり~ちょっといい?」
「あ、うん。今行く」
クラスの女子に呼ばれ、あかりは俺のいる席を横切る。
その際、一瞬目が合った気がしたが、俺は特に気にすることなく、再び自分の作業に戻った。
「お待たせ、それでどうしたの?」
「いやぁ、ちょっとさー材料が足りなくて困ってるんだよねぇ。悪いんだけど買い出し頼んでもいい?」
「あれ? 昨日一応確認したはずなんだけど……」
おかしいわね、とあかりは首を傾げる。
そんな様子を見てか、昨日買い出しに行っていた朝霧さんがどこか申し訳なさそうに輪に入っていく。
「ごめんなさい……もしかしたら私が間違えて買ってきちゃったかも……」
「え、そうなの?」
「うん、多分……だから買い出しは私が行くよ」
「うーん……あ、それなら二人で行く? それか、昨日みたいに
「えっと……」
若干俯く朝霧さん。その表情からは不安や戸惑いといった感情が見て取れた。
「大丈夫だよ。私一人で行ってくるから」
「でも、この量だし、やっぱり危ないよ。だから――」
「いいから! ……いいから、大丈夫だから……」
あかりの言葉を遮るようにして朝霧さんは声を上げる。
突然の大声に教室内の生徒全員が二人の方へと視線を向けた。
そして、すぐに朝霧さんはハッとしたように口を塞ぎ、顔を真っ赤にしてあかりから目を逸らした。
「……ごめん、でも私一人で大丈夫だから。それにあかりちゃんは指示出さないといけないから残った方がいいと思うし、桐谷君も部活があるから忙しいだろうし……」
早口にまくしたてる朝霧さんの姿を見て、あかりは少し悲しそうに眉を下げ、小さく微笑んだ。
「そっか、わかった。じゃあ、お願いしようかな」
「う、うん。任せて……」
「あ、でも、本当に無理だけはしないでね? 何かあったらすぐ連絡して」
「大丈夫だってば。もう、あかりちゃんは心配性なんだから」
そう言い残して、朝霧さんは教室を出て行った。
残された俺たちはなんとも言えない空気に包まれる。
「どしたん、もえと喧嘩でもした?」
二人のやり取りを見ていた女子が朝霧さんが出ていった扉を見ながら、ぽつりと呟く。
「え? 別にそういうわけじゃ……」
「なんか今日のもえ、ずっと上の空っていうか、変に元気なかったからさ。珍しいね、いつも二人仲いいのに」
「うーん、ちょっといろいろあって」
あかりは苦笑しながら言葉を濁す。
「もえのこと心配しすぎも良くないよ? もえも嫌がるかもしんないし」
「そうだよね……」
しゅんと肩を落とすあかりに女子生徒は優しく微笑んだ。
「よし! せっかくの文化祭なんだし暗い顔はなし! みんなで楽しくやろ! 大丈夫大丈夫、数日たてばもえだっていつも通りになるって!」
パンっと手を叩き明るく笑う女子。それにつられて他のクラスメイトたちも笑顔を浮かべる。
「そうだな! もえのことは俺に任せとけ!」
「あんたが言っても説得力ないっての!」
「うっわ! ひでぇ!」
男子と女子の笑い声でクラス内が一気に盛り上がる。
こういう時、リア充グループってのは頼りになるよな。
きっと俺が同じ状況になっても、ああやって場を盛り上げることなんてできないと思う。
「ほらほら、男子たちはこっち来て手伝ってよ!」
「へいへいっとお姫様の命令とあらば仕方ありませんなぁ」
「誰がお姫様だっつーの!」
男子の軽口に対し、女子がツッコミを入れる。
いつも通りの光景。いつも通りの日常。
「ほら、あかりも続きするよ」
「あ、うん。ありがと、千佳」
「気にしない、気にしない」
そう言って、にかっと歯を見せて笑う彼女。
ああ、眩しい。これが青春というやつか。
それはとても暖かく、綺麗で、輝かしいものに見えるけど、俺にとってはあまりにも非現実的に映る。
古来より陰の者は陽を嫌う。
つまり何を言いたいかというと……俺は一人になりたい。
「……トイレでも行くか」
騒ぐクラスメイトたちを尻目に俺は席を離れ、廊下に向かう。
だが、扉に手をかけたところで、後ろから呼び止められた。
「どこ行くの?」
振り返るとそこにはあかりの姿があった。
「ちょっとお花摘みに行ってくる」
我ながら配慮のある素晴らしい返答だと思う。あ、でも熊狩りに行く方がよかったかもな。
そんな紳士の立ち振る舞いを考えていると、あかりは人の話を聞いていないのか、はたまた俺に興味がないのか、ただ一言だけ告げてきた。
「……もえのこと、よろしくね」
その瞳はどこか寂し気に、こちらを見据えて揺れていた。
俺はそれに答えることなく、黙って扉を開ける。
「……はぁ」
静かに漏れたため息と共に、教室を後にした。
…なに、こいってエスパータイプなの?
なんでゴーストタイプの俺より強いんだよ。
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