第26話 気が付けば僕はまた嘘をついている〈4〉

 久しぶりに100円ショップに足を運んだ俺は、店内をぐるりと一回りしていた。

 文化祭の準備に必要な材料を買うためにここにきたのだが、さすがは百均、品揃えが豊富である。


「まぁ、こんなもんかな」


 必要な物を全てかごに入れ終え、俺はお菓子売り場に向かう。

 仕事の集中力upには糖分補給が不可欠だし、ちょこっとチョコレートでも買っていくか……フッ。

 そんなことを考えながら、菓子類の並ぶコーナーに足を踏み入れると、一緒に買い出しに来ていた朝霧さんがそこにいた。


 ちなみに朝霧さんとは駐輪場で会っており、俺がついていくと言ったら、遠慮気味に了承してくれたのだ。ごめんね、一人になりたいところをお邪魔して。まぁ……頼まれたんでね。


 朝霧さんは右手にクッキー、左手にチョコと二種類の袋を手に取って、じっと見比べている。

 どうやら、どっちにするか悩んでいるようだ。


「チョコの方が糖分補給にはもってこいだし、あと量も多いからお得だぞ」

「ひゃっ!?」


 俺が声をかけると、朝霧さんはビクッと肩を震わせ、恐る恐るといった感じでこちらに視線を向ける。


「……な、なんだぁ小森君か。びっくりした……」


 まるで不審者に声をかけられたような反応に少し傷つく。


「すまん、別に驚かせるつもりはなかったんだけど」

「あ、いや、私こそ大げさに驚いてごめんなさい……」


 申し訳なさそうに謝る朝霧さん。なんか毎回同じテンションの会話してるな俺達。


「差し入れでもするのか?」

「うん、クラスの皆頑張ってるし……あと、ちょっと空気悪くしちゃったから」

「空気?」

「あかりちゃんのこと……」


 朝霧さんは少し俯いて、悲しげな表情を見せる。

 どうやらさっきの教室での出来事のことをまだ引きずっているらしい。


「あぁ……まぁ、別に気にしなくていいんじゃね。戻ったらあいつもケロッとしてるよ」


 あかりはそこまで根に持つタイプじゃないし、逆に心配してたことを伝えるも、彼女は首を横に振る。


「でも、私が変な態度取っちゃったから……」

「んー、じゃあこうしよう。もしあかりがなんか言ってきたら俺が二人の間に入ってちゃんとフォローする。これでどう?」

「え、で、でも……」

「大丈夫だって。あいつの扱いには慣れてるし、それよりあいつも朝霧さんとは早く仲直りしたいと思ってるはずだから、きっかけさえあればすぐ元通りになるよ」


 これは嘘偽りのない本心だ。実際、あかりは朝霧さんのことが大好きみたいだからな。


「そっか……ありがとう」


 朝霧さんは安心したように微笑む。

 そして手に持っていた二つのお菓子をそれぞれかごに入れ、レジへと向かった。


 ***


 会計を済ませ、二人で並んで店を出る。


「じゃあ、戻るか」


 袋を自転車のかごに放り込み、俺はペダルをこぎ始める。

 行きは下り坂なので楽だったが、帰りは上りになるので結構しんどい。

 朝霧さんも俺の後ろをついてきてくれているが、きっと大変だろう。


「大丈夫か?  無理なら降りてもいいけど」

「う、ううん。全然平気だよ」


 そうは言うものの、朝霧さんの声は明らかに疲れている様子だった。

 俺はスピードを落とし、地面に足を着ける。


「ちょっと休憩するか」

「あ、うん……ごめん」


 俺たちは小さな公園のベンチに腰掛ける。

 ちょうど近くに自販機があったので、俺はスポーツドリンクを買って朝霧さんに手渡した。


「はい」

「え、あ、ありがと……お金」


 朝霧さんは財布を取り出そうとするが、俺はそれを止める。


「いいよ。俺が勝手に買っただけだし」

「でも、悪いよ」

「気にすんなって」

「う、うん……ありがと」


 朝霧さんは小さくお礼を言うと、ペットボトルの蓋を開ける。

 俺はその様子を横目で見ながら、ポケットからスマホを取り出した。


『ちょっと遅くなる』


 あかりにメッセージを送ると、すぐに既読がついた。


 あかり:OK!お土産よろしく~


 おけ、既読無視。

 あかりの返事を確認し、再び朝霧さんに視線を戻すと、彼女は何か言いたげな表情をしていた。


「どうかした?」

「えっと……ううん、なんでもない」

「そっか」


 朝霧さんは少しの間、何かを言い淀んでいたが、結局何も言わずに俯く。

 俺はそれを特に追及することなく、黙って彼女の隣に座っていた。

 白い雲がゆっくりと流れていく。

 穏やかな時間が流れる中、朝霧さんふぅと息を吐きポツリと呟いた。


「私、桐谷君のこと諦めようかなって思ってるんだ」

「……ふーん」


 俺が素っ気なく返すと、朝霧さんはちらりとこちらを見て、苦笑する。


「なんか、意外と驚かないね」

「まぁ、薄々勘付いてはいたからな」

「そ、そうなんだ……私ってそんなに分かりやすいかな」


 朝霧さんは頬を掻きながら恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「ごめんね……せっかく相談に乗ってくれてたのに」

「まぁ、朝霧さんが決めたことだし、俺がとやかくいう権利はないよ」

「……優しいね、小森君は」

「いや、普通だと思うぞ」


 俺は朝霧さんの言葉をさらりと流す。

 別に何か俺がしたわけじゃないしな。

 朝霧さんは空を見上げると、どこか寂し気に目を細めた。


「桐谷君はさ、多分だけどあかりちゃんのことが好きなんだよね……」

「へぇ、そりゃ初耳だな」

「ほんと? けっこう見てたら分かるよ?」

「まじか……そんなにバレるもんなの?」

「うん、かなり」


 朝霧さんはくすくす笑う。


「私じゃ、あの二人の間に割って入ることはできないし……それにやっぱりあかりちゃんには勝てないかなって」


 朝霧さんはそこで一旦言葉を切ると、俺の方を見る。


「……小森君は、好きな人いないの?」

「え、なんだよ急に」

「い、いや、別に深い意味とかはなくて……ただ、なんというか、私だけ色々と話してるから……ちょっとフェアじゃない気がして」


 朝霧さんは申し訳なさそうに肩を落とす。

 俺は少し考え、正直に答えることにした。


「いるよ」

「え!?  ほ、本当に?」

「あぁ、まぁ……片想いみたいなもんだけど」

「ど、どんな子?」


 朝霧さんは身を乗り出して食い気味に聞いてくる。


「どんなって言われてもな……」

「顔は可愛い系?」

「まぁ……」

「性格は?」

「んー、明るくて元気」

「同級生?」

「ノーコメントで」

「胸は大きい?」

「いや、そこまでは知らん」


 え、なにこれア〇ネーター? だったら『はい』か『いいえ』で答えるべきか……?

 朝霧さんは誰だろうと首を傾げる。


「……ちなみにその子には告白しないの?」

「あー、そうだな……」


 俺は曖昧な返事をする。

 そして視線を地面に向け、少し間を置いてから口を開いた。


「……さっき片思いって言ったけど、どちらかといえば憧れに近いんだ――いつも笑顔で、こんな俺とも仲良くしてくれて、喜怒哀楽が豊かで、話せるだけで幸せな気持ちになれる……」


 俺は自分の思いを噛みしめるように語る。

 朝霧さんは俺の言葉を聞き逃さないように真剣に聞き入っていた。


「……いつかは伝えたいなとは思うけど、まだ今のままの関係でもいいと思ってる」


 俺の話を最後まで聞いた朝霧さんは、「そっか」と小さく呟き、微笑む。


「その子のこと、凄く大切に想ってるんだね」

「……そうかもな」


 俺は照れ隠しに頭を掻く

 朝霧さんはそんな俺の様子を見てクスッと笑った。


「もしかして、私の知ってる人だったり……なんて」


 冗談交じりにそう言う朝霧さん。

 俺は少し考えるような仕草をして、それからニヤリと笑ってみせる。


「どうだろうな」


 俺の反応を見た朝霧さんは一瞬驚いたように目を見開くと、ぽこぽこと俺の肩を叩いてきた。


「も、もう、意地悪なんだから」


 朝霧さんは可笑しそうに笑いながら、目尻に浮かんだ涙を拭う。


「でも、ちょっと安心したかな」

「何が?」

「小森君にもそういう人がいるんだなって」


 朝霧さんはそう言って俺の顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。


「……いや、俺も普通の男子高校生ですから。まぁ、青春なんてできませんけどね」


 俺は朝霧さんから視線を逸らす。


「そんなことないよ。小森君はもっと自分に自信を持った方がいいと思う」

「その言葉そのままお返しするよ」


 よいしょっと、俺はベンチから立ち上がり背筋を伸ばす。


「これは俺の知り合いの子の話なんだけど、そいつもさ好きな奴がいて、その相手がまたモテるのよ。でさ、俺が告白しないのか? って聞いたら『まだしない』って言うわけ。じゃあ好きな奴、他の子に取られるかもなって煽ったら、なんて言ってきたと思う? 『奪えばいい』だってさ。怖すぎじゃね?」


 俺は大げさに身震いして見せる。

 朝霧さんは俺の突然のフリに困惑しながらも、なんとか言葉を絞り出した。


「そ、それは、なんというか、凄いね」

「だろ? でもまぁ、そいつの気持ちが分からないでもないんだよな。好きなら好きって言わないと伝わらないし、行動しないと何も変わらない」


 俺はゆっくりと朝霧さんの方を振り向く。


「俺が言える立場じゃないのは分かってるけど、朝霧さんには後悔してほしくないというか……だから、もし好きならちゃんと伝えるべきだと思う」

「……」

「ごめん、さっきは俺がとやかくいう権利ないとか言っときながら偉そうなこと言って」


 俺が謝ると、朝霧さんはふるふると首を振る。


「……ううん、ありがとう」

「別に礼言われるようなことはしてねぇよ」

「そんなことないよ」


 朝霧さんはどこか吹っ切れた様子で立ち上がる。

 そして、今までで一番の笑顔を浮かべてみせた。


「私、頑張ってみるよ」

「……うん、応援してる」


 俺は朝霧さんの背中を押してやるつもりで、彼女の言葉に応える。


「自信はないけどね……」

「大丈夫よ。朝霧さんは可愛いし、優しいし、頑張り屋さんだし……それに――」


 俺は朝霧さんをじっと見つめ、はっきりと口にした。


「好きな人のために一生懸命になれる女の子は、絶対に報われるから」


 朝霧さんは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を赤く染め、恥ずかしそうに俯いた。


「……うん」


 小さくそう答えた朝霧さんの声は、とても優しく、温かかった。


「じゃあそろそろ戻るか」

「そうだね……慧君」

「ん?」

「ありがと」


 朝霧さんは笑顔でそう言い残し、足早に公園から出て行った。

 ……はて、ちょっとは朝霧さんと仲良くなれたのか?

 俺はスマホを取り出し、あかりにメッセージを送る。


『今終わった』


 あかり:りょ


 相変わらず返信が早いことで……なぁ、これでいいんだろ? 


 今まで何度も戯言も、妄言も、狂言も、世迷いよまよいごとも吐いてきた。

 そして、今日ついた嘘は、きっと一番タチが悪くて、一番心が痛かった。

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