第27話 刻々と校内は文化祭ムードに染まっていく〈1〉
文化祭まであと1日……は? まじで? もう明日じゃん。
はえぇなおい。
文化祭前日の今日は丸一日かけて準備作業が行われ、朝から学校全体はお祭りムードに包まれていた。
校舎内は昨日とは打って変わって
慌ただしく廊下を行き来する生徒達の顔は皆明るく、明日に控えている一大イベントへの期待に満ち溢れていた。
我がクラスも例外ではなく、教室内の飾り付けはもちろんのこと、机の配置変更、出し物の準備など、様々な作業を分担しながら進めていく。
そんな中、桐谷を始めとした男子数人が段ボールを抱えて教室に入ってきた。
「屋台で使うかき氷機持ってきたぞー!」
「ホットプレートもありまーす!」
「「「おぉ~!!」」」
クラスメイト達は意気揚々と声を上げると、待ってましたと言わんばかりに駆け寄っていく。
机にドンッと置かれたそれらを見て、女子は目を輝かせ、男子は「すげぇ!」と感嘆の声を漏らしていた。
「いいねぇ! なんかテンション上がってきたなぁ!」
陽キャの男子が嬉しそうに言うと、周りの連中も同調するように盛り上がる。
準備も佳境を迎えたところで、クラスの士気は最高潮に達していた。
そして、俺はと言えば、熱気の輪に吞まれることもなく、眠たげにその様子を眺めていた。
さて、気が休める今のうちに、この空白の2週間弱を振り返ろうではないか。
まず、あかりと朝霧さんの件だが、無事というか、心配するだけ無駄だったというか、平穏無事に仲直り(?)したらしい。
まぁ、そもそも喧嘩していたわけではないのだが、とりあえず一安心である。
それから、三人の関係についてだが、特にこれといった変化は今のところない。
強いて言えば、以前よりも朝霧さんが桐谷に積極的に話しかけるようになったぐらいか。
桐谷もそこに関してはまんざらでもない態度を取っているし、このまま順調に二人の関係が進展することを祈るだけだ。頑張れ、朝霧さん!
あとは、そうだなー……あれ、これぐらいか? うむ、思いのほか何もなかった。
いや何もなかったわけではないが、俺自身は生徒会と実行委員の仕事に追われていて、てんやわんやで、あーだこうだして、なんやかんやあっただけで、特段語るべきことはなかった。
てか、そんなこんなでまとめれちゃう俺の日常寂しすぎるだろ……。
これこそ、『やはり俺の青春は間違っている。』ではなかろうか。ラブコメは元から存在していないので、ラノベ化されないのが悔やまれてならない。
俺が自虐的ににそんなことを考えていると、突然誰かに頭をはたかれた。
「痛って!?」
俺は反射的に頭を押さえながら振り向くと、そこには呆れた顔をしたあかりが立っていた。
手には丸めた文化祭のパンフレットを持っており、頭脳も身体も精神も子供の俺が推測するに、それで叩かれたに違いない。
「馬鹿になったらどうしてくれんだ、面倒見てくれんのかよ」
傍から見たら新手のプロポーズかと思わせるような台詞を吐くと……思わないですよね。謝るから、その二発目いくよと言わんばかりの振りかぶりやめてもらっていいですか。
「あんたがボーっとしてるから喝入れてやったんでしょ」
ぽんぽんとパンフレットで肩を叩きながらあかりは言った。
「だからって叩く必要なくない?」
「サボってる子にはお仕置きが必要だと思って」
てへっと舌を出して見せるあかり。なに、こいつも将来の夢、子悪魔なの? 早く異世界行ってくれねーかな。
「それお前の私情入ってるよね? 知らねぇのかよ、労働時間が8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければならないんだぜ。つまり、労働基準法によって働き過ぎないように俺は自主的に休んでるわけ」
「へぇ~、初めて知ったわ。でも残念ね。ここは学校で、あたしたちは学生。労働者じゃないから適用外よ。ざまぁみなさい」
あかりは勝ち誇った顔でそう言い放つ。
ぐぬぬ……この悪魔が……いや、もはや魔王だろ。勇者助けにきてくれねーかな……。
俺は反論できず、苦虫を噛み潰したように押し黙っていると、あかりは急に遠くを見つめるような表情を浮かべる。
その視線の先には、朝霧さんと桐谷が仲睦まじく作業している姿があった。
「なんだかんだあの二人いい感じだよね……」
「そ、そうだな……」
おい、なんだよ。いきなりしんみりした空気
ちょっと反応に困っちゃうだろうが。
「慧から見て、どう? あの二人は付き合えそ?」
あかりの問いかけに俺は少し考える
「……正直、まだ分からん。でもまぁ、あとは朝霧さんの頑張り次第なんじゃね」
時機が良いことに舞台は整っているし、後は主役(ヒロイン)が登場するだけ。
それこそ、最後は朝霧さんが勇気を出すか否かだ。
俺の言葉を聞いて、あかりも納得した様子だった。
「まぁ、それもそっか。もし二人が付き合うことになったら、祝福してあげないとね」
あかりはどこか嬉しそうな、それでいて寂しそうな複雑な笑みを浮かべていた。
「そういえば、お前は文化祭どうなの、予定とか」
「え? なになに一緒に回りたいってこと? しょうがないなぁ」
「ちげーよ。ほら前、桐谷と話してただろ、その好きな人がいるとかどうとか……。友達の心配だけじゃなく、お前はどうなのってこと」
俺がそう言うと、あかりは「あー」と気の抜けた返事をして、小さくため息をついた。
「あたしは別にいいの。好きかどうかもまだ曖昧だし、それに絶対叶わない恋って分かってるし……。今の関係が一番楽でいいの。無理に壊す必要もないしさ」
力のない笑みを浮かべるあかりを見て、俺はふと思ったことを口にする。
「ふーん……なんでどいつもこいつも面倒くさい恋愛したがるんだろうな」
「それ、あんたが言う?」
「あいにく俺は人を好きになった経験がないんでな」
俺とあかりはお互いにジト目を向け合い、沈黙する。
数秒の静寂が流れた
「……はぁ、そろそろ生徒会室行こうかな」
「あ、あたしはちょっと遅れるって天音に言っといて」
「はいよ」
俺が了解の意を示すと、あかりは手をひらひらさせながら「よろしくー」と言い残して去っていった。
俺もその背中を見送った後に、生徒会室へと向かう。
と、その前に糖分補給のためにバナナ・オレでも買っていくか。
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