第28話 刻々と校内は文化祭ムードに染まっていく〈2〉

 もはや慣れ親しんだ生徒会室のドアを開けると、そこにはいつも通り仕事に追われている生徒会委員の姿が―――なかった。

 思わず首を傾げる俺だったが、「そういや、体育館で最終確認があるのか」と思い出し、とりあえず机の上にバッグを置く。てか、別に大丈夫だとは思うけど、鍵開けっ放しで出てくのは不用心すぎるだろ……。


 それから俺はホワイトボードに貼り付けられた明日明後日のシフト表を確認する。

 当日の主な仕事は体育館の誘導係とステージイベントの進行管理、あとは校舎の見回りだ。

 これらを生徒会、及び文化祭実行委員のメンバーで分担する形になる。


「それにしても花宮入りすぎだろ……あと、俺も」


 基本1時間毎の交代制になっているのだが、その六割近くを花宮と俺の名前で埋められていた。

 おそらく、彼女的には自分はいいから、みんなは楽しんでほしいという思いからなんだろうが、さすがにこれはやり過ぎである。

 自己犠牲は見えないところでやるからかっこいいのだ。


 とはいえ、俺からすれば特に異議はない。むしろ、どうせ暇な文化祭、仕事があるだけ時間つぶしになる。

 なんなら花宮にもシフトの希望を聞かれた際――


『小森君は文化祭、特に予定ないわよね。シフト少し多めに入ってもらうわよ』


 なんて言われちゃったりしたからね。どこが希望だよ、困ったら小森慧とか、俺は浅尾あさおか。

 とまぁ、もしかすると花宮も俺と同じで友人があまり多くないタイプだし、俺と似た思考回路をしていたらこのシフトも納得できる。それでいいのか生徒会長……。


 俺は壁に掛けられた時計を見る。

 時刻は17時前、いつもなら退社している時間だ。

 今なら黙って帰ってもバレないが、それはそれで次の日には藤川先生辺りに屠らそうなのでやめておこう。せっかくの文化祭が血祭になりかねん。

 俺は貴重品を手に取り、体育館に向かうべく、生徒会室を後にした。


 ***


 慌ただしいのは何も校舎内だけではない、体育館に入ると何やらがやがやとしてるではないか。

 ステージでは先生と体育科の男子生徒達が集まって、スローガンの横断幕を吊り下げていた。

 その壇上の下では劇のリハーサルを待つクラスがあり、その近くに花宮の姿もあった。

 スピーカーからは放送部の練習音声が流れている。まるで不協和音の空間だ。

 俺は邪魔をしないよう、そそくさと舞台裏の方へと移動していく。

 すると、そこには手持ち無沙汰にスマホをいじっている大森がいた。


「堂々とサボりとかお前スゲーな」


 俺が声をかけると、大森は驚いた様子で顔を上げた。


「……!  なんだ、先輩ですか。もーびっくりさせないでくださいよ」

「いや、お前が勝手に驚いただけだろ」


 俺が呆れた表情を浮かべると、大森は「それはそうですけど」と笑い、スマホをポケットにしまう。


「それにしても先輩来るの遅すぎません? またサボってたんですか?」

「ちげーよ。てかサボりにサボり認定されるのは癪なんだが」

「だって事実じゃないですか」

「うるせぇな。俺のモットーは『サボれるときはサボる、サボれない時は隠れてサボる』なんだよ。どうせ明日から死ぬほど忙しいんだ、今日くらい楽させてもらってもいいだろ」


 俺がそう言うと、大森は納得した様子で「確かに」と呟いた。


「シフト、ずっとあまちゃんと一緒でしたもんね」


 何やらニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる大森に、俺はため息で返事する。


「ほんとそれな。あいつ、俺のこと信用してなさすぎるだろ。ちょっとは信頼してくれてもよくないか?  まぁ、どうせ暇だし、いいんだけどさ」

「裏で腐るほどサボる連呼してる人が何を言ってるんですか……ていうか、先輩はそうやって捉えちゃうんですね……まぁ、先輩らしいですけど」

「ん?」

「なんでもないですよー」


 首を傾げる俺に、大森は小さく肩をすくめる。


「あーそうだ。先輩、この学校の文化祭ってどんな感じなんですか? 平日にやるのって珍しいですよね?」

「そうか? まぁ、でもわりと普通だよ。俺的には平日にやってくれるお陰で授業は無くなるわ、しっかり休日は休みになるわで大助かりだしな」


 俺がそう言うと大森は「うへぇ……」と露骨に嫌そうな顔をした。


「先輩ってほんと捻くれてるというか、去年の文化祭の思い出とかないんですか?」


 大森の質問に、俺は少し記憶を辿ってから答える。


「ねぇな。基本ずっとクラスで受付やってたし、暇になれば何人かで集まってUNOしたり、ダーツしたり、麻雀卓使ったりで遊んでた」

「クソ陰キャじゃないですか……」


 大森が軽蔑の眼差しを向ける。

 俺はその視線を無視して話を続けた。


「まぁ、でも文化祭ってそういうもんだろ。リア充のリア充によるリア充のためのお祭り。俺みたいな人間からすると地獄でしかない。何がうれしくて最後の最後にリア充たちがフォークダンスするのを見てなきゃいけないんだ」

「……一応それがメインイベントなんじゃ」

「そだな。俺はリア充量産イベントって呼んでるけど。お前も、青葉誘って踊ればいいんじゃね? 上手くいけばそのまま付き合えるかもしれんし」


 俺が冗談交じりに呟くと、大森はムスッとした表情を浮かべる。


「私だって一度や二度、下手したら三度くらい考えましたけど、青葉先輩の人気だと取り巻き十人は確実にいますし、私は一体誰と踊ってるんだってなりそうなので今回はパスです。もちろん来年は二人で踊りますけど」


 ふんす、と鼻を鳴らす大森。

 こいつの青葉に対する偏見がどんどんすごくなってるんだが……。


「おぉ……まぁ、頑張れよ」


 俺が苦笑いで返していると、壇上から藤川先生が顔を覗かせてきた。


「あ、お前たち手が空いてるんだったらちょっと手伝ってくれないか」


 俺と大森はその言葉に顔を見合わせると、同時に口を開く。


「「え~めんどくさいなぁ」」

「おいこら、本音と建前が逆になってるぞ!」


 早く上がって来いと促され、俺は渋々、舞台に続く階段に足をかける。

 すると、後ろから大森がちょんちょん、先輩先輩と背中を突いてきた。


「さっきの話の続きですけど、もし先輩がどうしてもと言うなら私がフォークダンス一緒に踊ってあげてもいいですよ?」

「へー。……じゃあ、お願いしようかな」

「!!  ほ、本気ですか!?」


 俺がぼそりと呟くと、大森は心底驚いたように目を見開いた。

 それを見て、俺はフッと鼻で笑う。


「嘘だよ。ばーか」

「なっ……!!」


 今にも噴火せんばかりの大森を尻目に、俺は舞台へと上がる。

 いよいよだ。それぞれの想いと思惑が交差する青春の一ページが――文化祭が幕を開ける。

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