第11話 癒し可愛い先輩は常に笑顔を振りまいている

 運命の出会いって何だろうか。

 漫画やアニメだと、たまたま道でぶつかった女の子が実はアイドルで、そこから仲良くなって……とかよくある話だ。

 しかし現実ではそんなのありえない。


 仮にそんなことがあったとしても、それは運命ではなく偶然で。

 きっかけの終着点のほとんどは、思ってたよりもつまらない結末で。

 でもそんな退屈な日常を選んでいるのは紛れもなく自分で。

 結局、何かを変えたくても変えられなくて、ずっと同じ道を進んでいく。

 それが俺の、小森慧こもりけいの青春だと思っていた。


 じゃあもし、そんな日常をぐちゃぐちゃに壊してくれるような人が現れたら? 

 それを偶然ではなく運命だというのであれば。

 先輩と出会ったことは、間違いなく俺にとって運命の出会いだったと思う。

 だって……俺の灰色の日常は、この日から少しずつ色づき始めたのだから。


「お~い、大丈夫?」


 目の前には心配そうにこちらを覗き込む少女がいた。


「……っ!?」


 あまりの距離の近さに思わず仰け反ってのけぞってしまう。


「急に話しかけてごめんね、驚かせちゃったかな?」

「い、いや……えっと、1年生?」

「ふぇ!? 違うよ! 3年生だよ! ほら胸のリボン見て!」


 言われて彼女の制服を見ると確かに3年生を示す青いリボンがついている。


「あっ、すみません……」

「あはは、別に謝らなくてもいいよ! よく間違えられるし……」


 そう言うと彼女はまたニッコリと微笑んだ。

 まるで小動物のような、どこかあどけない雰囲気を感じさせる表情に、俺の心臓がドクンと跳ねる。


「それで……ごめん。急に話しかけちゃったんだけど、名前とか聞いてもいいかな?」

「あー、小森です」

「下の名前も!」

「け、慧……小森慧です」

「慧君か~! うん、覚えた!」


 満足そうにニコニコと笑う彼女に……というかずっと笑顔だなこの人。

 先輩といっても大人っぽいというわけでもなく、むしろクラスの女子達の方が落ち着いてる感じで、比べると幼く見える。


 ウェーブのかかった柔らかそうな髪をふたつにまとめ、狙ってか天然かはわからないが、時折ぴょこんとアホ毛が飛び出している。

 そして何より、くりっとした大きな瞳と整った鼻筋、小さな口元がその可愛らしい顔をさらに引き立てていた。


 可愛いという言葉を具現化したらこうなるんじゃないか、男の本能が「守らなきゃ」とささやいてくる。

 これが思春期の男の子がよく陥る、一目惚れかぁ……。いやガチで、これがアニメキャラとかだったら、速攻画像DLしまくってプリントして部屋一面に貼り付けてるレベル。お巡りさん、僕です。


 ……と冷静になれ小森慧、危うく出会って3秒で告白して振られるところだったぞ。

 というか、高校男子たるもの女子に話しかけられたらそりゃ意識するし、笑顔何て見せられたらポロっと惚れて、廊下ですれ違いざまに手なんて振られた暁には、その日のうちに告白しないと漢じゃねぇ! ちなみに高確率で友達申請されます。


 つまり俺は健全な反応をしただけで、断じてこれは一目惚れなんかではない。


「慧く~ん、戻ってこ~い!」

「うおっ、はい! な、なんですか?」

「も~またぼーっとしてたでしょ! それともお姉さんに見惚れちゃった?」

「お姉さん……?」


 俺が首を傾げると、彼女は愛らしく頬を膨らませ不満気な態度を見せる。


「む~、これでも身長は150cmあるんだよ~。どう?  少しはお姉さんぽく見えたりしないかな?」

「あ、いや、その……めっちゃ見えました。はい」

「そっかぁ、ならよかった! って絶対嘘じゃん!!」


 ぽかぽかと怒る先輩に俺は思わず笑ってしまう。なんだこれ、楽しい。

 初対面なのに、こんな自然体で喋れるなんて不思議な気分だ。

 あと、どう見てもこの人150cmも無いんだよなぁ……って楽しんで話してる場合じゃなくてだな。


「えっと……あの、先輩は何の用事でここに?」

「え? あ、ごめん。邪魔しちゃったよね。部活しに来たんだけど、なにやら懐かしいモノ描いてるなぁって思って、つい声かけちゃった」


 そう言って先輩が指差したのは俺の描いた自画像だった。


「慧君、絵上手だね~すっごく特徴捉えてる!」

「そうっすか? でも別に俺あんまり自分の顔好きじゃないんで、褒められてるのか微妙っすけどね」

「そうかな? 慧君、普通にかっこいいと思うよ?」


 純粋な目でそう言われると、なんというか……普通に照れる。

 なにこの人、ナチュラルに殺し文句言ってくるんだけど。


「俺って単純で、すぐ勘違いしちゃうんで、あんまり喜ばせる言葉使わない方がいいですよ?」


 我ながら何を言っているんだろうかと思ったが、「そうですよ!」と強く肯定しながら足音が近づいてくる。


「あっ、あかりちゃん! こんにちは!」

「はい、詩織しおり先輩。こんにちはです……ってダメですよ。詩織先輩にはそんなぬぼーっとした奴より、もっと相応しい人がいますから」


 ぐいっと先輩を護るように手を回し、あかりはそう言い放った。

 どうやら天国みたいな時間もそろそろ終わりらしい……てか。


「おい、お前今なんて言いやがった」

「なによ、事実でしょ? そんなことより、詩織先輩に手出さないでよね。うちの部のマスコットなんだから」

「え!? 私、マスコット扱いされてるの!? 先輩なのに……」


 ガーンとわかりやすく落ち込む先輩。うん、落ち込む先輩も可愛いな、ってそうじゃない。

 まるで俺のことを変質者呼ばわりしてくるこいつの誤解を解かなければ。


「いや別に、普通に話してただけだし。てかそろそろ部活始まるなら俺は帰った方がよさそうだな」


 ほとんど進捗はなかったが、これ以上鉛筆を握っても集中力は持たなさそうなので、また明日と帰り支度を始める。


「え~もう帰っちゃうの?」


 寂しげに言う先輩だが、流石に部外者が長居するわけにもいかないだろう。


「ほら、先輩は文化祭に展示する絵を描きますよ!はやく準備してください」


 あかりに促されるまま、先輩はしぶしぶといった様子でイーゼルが置かれている場所に向かう。最後に別れの言葉だけでも……いや、違うな。


「先輩」

「ん?」

「名前、教えてもらえませんか?」


 俺が尋ねると、先輩は一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐに花が咲いたような笑顔で答えてくれた。


桜詩織さくらしおりだよ!」


 これから先、ずっと俺の青春は『退屈』だと思っていたのに。

 時に運命ってやつは、人の人生をぐちゃぐちゃにするらしい。

 だからか、たぶんこの時の俺は物語の主人公にでもなった気で浮かれていたんだろう。


「せん……詩織先輩。また話に来てもいいですか?」

「もちろん!」


 満面の笑み向けてくる天使に、俺は充分魅了されていた。

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