余談閑話 いろいろあって物語は出会いの春に戻る

第10話 癒し可愛い先輩は天使のように現れる

 気が付いたら高校生活が1年終わっていて、きっとまた次の1年もあっという間に過ぎて行って……そうして俺は大人になっていくのだろう。


 よく誰しもが『青春時代あのころに戻りたい』とか言うけど、10年後の俺も同じようなこと思うのだろうか。

 俺、小森慧こもりけいの人生は『平凡へいぼん』だ。


 別に不満があるわけじゃない。どこぞの主人公のように人生をクソゲーだなんて思ったことは一度もないし、友達だって普通にいて、クラスの立ち位置も中の上、女子とも……まぁそれなりに喋るし。

 いて言うなら嫌で部活を辞めてしまったことぐらいだけど、それも別に後悔なんてしてないし、むしろ清々せいせいしている。


 ただ、なんとなく毎日を過ごしているだけで、味のしない料理を無理やり口に押し込んでいるような生活。どうせ今日も記憶に残らないんだろうな。


 俺の青春は『退屈』だ―――


「小森ー! 帰ろーぜ!!」


 帰り支度をしていると後ろから元気な声と背中へ衝撃が飛んでくる。

 振り返るとそこには同じクラスで仲がいい川本穂高かわもとほだかが白い歯を覗かせていた。


「お前は放課後になるとほんとうるせーな」

「あとは帰るだけだからな!」


 こいつも俺と同じく帰宅部で、出会ったのは2年になってつい最近だが、いつの間にかこうして一緒に下校するようになっていた。


「今日もコンビニ寄ってくか?」

「おぉ! いいねぇ、今日は肉まん食おうぜ!」

「ちょっと慧、どこ行く気?」


 俺達がカバンを手に取って教室を出ようとした時、近くで談笑していた女子の内の一人が俺に声を掛けてきた。

 声の主は1年から同じクラスで付き合いがある音海おとみあかり。

 ルックスは言うまでもなく、天真爛漫てんしんらんまんな笑顔と明るい性格で男女問わず人気があり、クラスの中心的存在だ。


「どこって、家帰るんだよ」

「なに言ってんの、あんた今日から美術の授業の補修でしょうが」

「あ……」


 言われて思い出した。

 そうだ、結局今日の授業で終わるはずの課題を提出できなかったんだよな。


「もう、しっかりしなさいよ。あたしも後で美術室行くから」


 呆れ顔で肩をすくめるあかりに、俺は苦笑いを浮かべる。


「わりぃ、そういうことだから……今日は一人で帰ってくれ」

「ほほぉ……放課後クラスの女子と2人っきりとは青春してるなおいおい!」

「うっせぇよ」


 ニヤリと笑う穂高の脇腹に軽くパンチをお見舞いする。


「何バカなこと言ってんの、私は普通に部活。なんなら他にも部員の子いるから」

「えっ!? そうなの?」


 思わずあかりの方を見る。


「当たり前じゃん、だから早く行った方がいいわよ。別に女の子たちに囲まれて作業したいんだったらいいけど」


 そう言ってひらひらと手を振りながら、あかりは自分のグループのところに戻って行った。


「ハーレム展開か……羨ましいな」

「お前はまたすぐ他人事のように……」


 ため息まじり呟くと、穂高は俺の背中を押してくる。


「ほら、昇降口まで見送ってくれよ!」

「へいへい、わかったから押すなって」


 俺達は連れ立って歩き出した。


「それで小森さん、ぶっちゃけ音海のことどう思ってるんですか?」


 水筒をマイク代わりにしているのか口元に当てた穂高が尋ねてきた。


「別になんとも思ってない」

「と、当人はまんざらでもない様子で」

「……」

「ちょ、無言で殴ろうとするな!  冗談だよ冗談!!  そんな怒んなくてもいいじゃねーか!!」


 慌てて両手を前に出してガードする穂高。

 こいつはいつもこうやって茶化してくる。


「別に怒ってねーよ。ただなんとなくムカついただけ」

「それを世間では怒ってるというんすよ……でも音海と噂されてるのはお前も気づいてるだろ?」

「お前みたいなやつがすぐ面白可笑しく噂するからだろ。あいつは誰とでも分け隔てなく接してるし、お前とも普通に仲いいじゃん」


 実際、俺とあかりが特段仲がいいというわけじゃない。

 休み時間に話をすることもあれば、帰ってからチャットアプリでやりとりしたりもするけど、それは穂高や他の男子も同じだ。逆になぜそんな噂が立ってるのかわからない。


「それはそうだけど……小森と音海の関係はなんか違うんだよな~」

「なんだそれ……てかあいつ普通にモテるし、俺よりいい奴なんてたくさんいるだろ」

「でた、ネガティブ小森。お前はもっと自分に自信持った方がいいぞ」


 ポンっと肩に手を置いてくる穂高に、俺は薄目で睨む。


「お前だって似たようなもんだろ」

「俺は違います~! 今年こそ彼女作って青春を謳歌するんです~!!」

「うぜぇ……」


 穂高がふざけている間に昇降口に着いた、そろそろお別れの時間だ。


「あー俺もこのまま家に帰りてぇ」

「残念だったな。ほら補修頑張って来いよ!」

「わかってるよ……んじゃまた明日な」

「おう!」


 穂高は靴を履き替えると、そのまま駐輪所へ走っていく。

 それを見届けたところで俺は校内に戻ろうと歩を進める。


「おーい!」


 その時、背後から呼び止める声が聞こえてきた。

 後ろに身体を向けると穂高が何やら手を振っている。


「なんだよ、忘れ物か?」

「ちげーよ! あれだ、補修もだけど、青春できるのも今しかないんだし、悔いのないようにしろよ! じゃあな~!」

「あ、おい――」


 言いたいことだけ言って走り去る穂高に文句の一つを言う暇もなく、俺は仕方なく美術室へと向かった。声がでけぇよバカ。


 ***


 美術室にはまだ誰も来てはおらず、俺はとりあえず部活の邪魔にならないよう端っこの席に座ることにした。

 補修としてやる課題は『自画像』だ。

 鏡に映る自分を見ながら、キャンパスに鉛筆を走らせていく。


 特にこれといった特徴のない顔に、平均身長の少し低い体躯たいく

 そういや中学時代に『顔は嫌だけど髪質は交換してほしい』って言われたっけ。今思うととんでもない悪口だな。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 中学の頃に比べて髪型を変えてみたり、おしゃれしてみたり、色々と努力……俗に言う高校デビューしたつもりだったんだけどな……。

 そんなにつまらなそうな顔してるのかな、俺って。


「あ、自画像だ! 私も去年やったな~」

「え?」


 ぼんやりと絵を描いていたこともあってか、突然の声に驚いて顔をあげる。

 そこにはまるで天使のような笑顔をした女子生徒が立っていた。


 誰かが言った、自ら行動しないと何も始まらないと――


 これは半分本当で半分嘘だと思う。

 だって、きっかけはいつも突然訪れるんだから。

 隠す必要もない、この人が俺が恋した一人の先輩。


 桜詩織さくらしおりとの出会いだった。



〇あとがき


少し時系列が巻き戻ってます。

キャラクターたちの『出会い』を少しの間執筆していこうかと思います。

本編にはあまり関係ないので……いやなくもないですが、ちょっとしたムダ話をお楽しみください。

あと閑話休題の対義語(四字熟語)って存在しないんですね。

知恵袋で『余談閑話』ってかっこいい言葉見つけたので借りました。

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