第14話 凛々しく可愛い会長は静かに本を読みたい

 こうして俺は、不本意ながらも生徒会入りすることになった。


 ……で、俺は今から何をすればいいんだろうか。

 目の前にあるホワイトボードにはマーカーで書かれた文字。


『文化祭について』


 その下には目が痛くなるほどに議題が箇条に記されている。

 文化祭までまだ一ヶ月以上も時間があるというのに、随分と早いうちから準備を始めるんだな。

 果たしてこれが普通なのか、それともこの生徒会が特別忙しいのか、その辺の細かい内情まではさすがに知らないが、室内の雰囲気は思いのほか緩んでいた。


 花宮はなみや以外の生徒はそれぞれ各自で持ち寄ったお菓子を机に広げ、談笑している。話の内容も課題がどうのとか、昨日見たテレビがうんたらとかそういった他愛もないものばかりで、何か作業をしている様子もない。


「あの……」


 俺が手持ち無沙汰より手持ち豚さんの方が可愛いよなぁ、とか本当に意味の分からないことを考えながら眺めていると、眼鏡を掛けた女子生徒がお菓子の袋を持って俺の方にやって来る。


「よかったら、食べますか?」

「あーえっと……ありがとうございます」


 おずおずと差し出されたポッキーを受け取り、お礼を言う。

 そして会話は終わる。うわ、気まずっ。

 なんか変な空気作っちゃってごめんなさい。


 彼女はい、いえと謙遜しながら輪に戻っていき、コソコソと他の人と何やら喋っている。

 元来こういう状況では沈黙は金なりを地で行く俺だが、今回ばかりはちょっと居心地が悪い。なんでこんなアウェーな感じになってるんだろうか。


 あれか、自己紹介が良くなかった……いや、まず何も言ってないし……もしかしてそれが悪かったのか? 

 やり直そう――

 ボク悪い生徒じゃないよ! 

 ただの人見知りくそ陰キャだよ!

 ……まだスライムの方がマシだろこれ。


 人見知りあるある。

 形成されたコミュニティには入れない、または馴染むのに時間がかかる。

 つまり今俺がとるべき行動はもう一つの異分子と結合し、新たなコミュニティを作ること。


 生徒会とは、言わば協調性の塊。

 二つコミュニティがあったとしても、活動を通じてやがて一つにまとまり、晴れて俺は一員として溶け込めるわけだ。


 なら話は早い。

 というかそもそも、俺のことを放置プレイしてるかの如く、ほったらかしてる異分子こと花宮が悪いのであって、ここは一つ文句を言ってやる。俺にそんなドM属性はねぇ! と。


 談笑している部員たちの背中を通り、俺は文庫本を読んでる少女の元へ歩み寄る。

 ていうか、生徒会長が輪から外れて一人とか、組織としてどうなんすかね。


「なぁ」

「……」

「あのぉ」

「……なに」


 俺が話しかけると、花宮は文庫本を閉じ、顔をあげる。


「いやーちょっと暇だなぁって。なにかやることないのか?」

「あら、もう社畜根性が染みついちゃってるのね。ご愁傷様」

「ちげぇよ。てか生徒会って忙しいんじゃねーの?全然何もする気配ないし、午後のティータイムかよってぐらい、くつろいでるけど」


 何もないならそれはそれで帰りたいんだが。

 8時半出勤、16時半退社とかホワイトすぎるでしょ。


「そうね……今日は特になにもないわよ。というより行事がない時期の生徒会って結構暇なのよね」

「なんだそれ。なんかすっごい俺騙されてない?」

「そんなことはないわよ? あと一、二週間もすれば文化祭の準備で忙しくなるから、それまで体力の温存でもしといたら?」

「いや体力の温存って……まだ一ミリも使ってないんだけど」

「そのうち存分に使わせてあげるわよ」


 花宮は意地悪い笑顔を浮かべて、再び読書に戻る。

 まさにありがた迷惑とはこのことだな。絶対サボろ。


 さて、どうしたものか。

 今日は特になにもなさそうだし、俺としてもここからさっさとおさらばしたい。

 適当に理由を付けて帰ろうかなとか考えてたら、勢いよく戸が開いた。


「おっつかれさまでーす!」


 元気な挨拶共に、手を振りながら飛び込んで入ってきた女子生徒。

 肩までかかる綺麗な明るめの髪。

 大きな瞳に整った鼻筋。

 身長は平均より少し低めくらいだろうか。

 すらっとした体型に、スカートから覗かせる健康的な脚が眩しく光る。


 花宮とはまた違ったタイプの女の子だ。

 彼女はまるで子犬のように花宮の元へ駆け寄ると、そのまま抱きついた。


「あまちゃ~ん!会いたかったよ~!」

「はいはい、私もよ」

「えへへっ」


 花宮は慣れたように頭を撫でてやり、彼女もまた嬉しそうに目を細める。

 人によっては百合の花畑が見えるかもしれない光景だ。今日はこれでいいや。


「そろそろいいかしら」


 数十秒ほど経ってから、花宮はどこか暑苦しそうに少女を引き剝がす。


「えぇ~もう少しだけ……」

「嫌よ。私、今忙しいの」

「本読んでるだけじゃないですかぁ~」

「これは今日中に読まなくてはいけないものなの」

「ぶぅ……」


 花宮が本の表紙を見せびらかすと、少女は頬を膨らませ、渋々といった様子で引き下がる。


「じゃあ、お話しようよ。本読んでても出来るでしょ?」

「私、本読んでるときは誰とも話したくないの」

「もぉ、あまちゃんのいけず……」

「なんとでも言いなさい」


 どうやらこの子は相当花宮に懐いているらしい。てか、俺の存在完全に忘れてるでしょ。

 それから構ってもらえなくなった少女は、ちょこちょこちょこちょこと花宮の周りを動き回り始めた。うわー花宮さんイラッ☆ってしてそう。

 そしてとうとう我慢の限界が来たのか、花宮は本を閉じ、ため息をつく。

 これは怒りの鉄槌でも下るかなと、見ていたら、花宮は俺の方を向いてニッコリと笑った。


「小森君」

「はい」

「さっき、暇だって言ってたわよね? 一つ仕事任せてもいいかしら」

「……はい、喜んで」


 なんでだろう。

 別に断ってもよかったはずなのに、反射的に返事をしてしまっていた。

 もぉ、強制してないって嘘じゃん!!!

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