第13話 凛々しく可愛い会長は僕を歓迎する
小中9年、高校1年と少し、計10年ほど学生をしてきたが、いくつになっても職員室を訪れるのには慣れない。
「失礼します」
一声掛けてから扉を開けると、一斉に視線がこちらに集まる。だが、要件の相手が自分じゃないとわかるや否や、すぐに興味をなくしたように逸らし、それぞれの作業に戻っていく。そうそう、この冷たい感じな……よく学校の先生は意外にシャイだと聞くが、少なくともうちの学校に関しては一部当てはまっている気がする。
一瞬たじろぎながらも、目的の人物を探していると、ちょうど給湯室からコーヒーを片手に藤川先生が出てきた。
「おぉ、小森。もう来たのか」
「逃げてもどうせ捕まるんで」
「はっはっは、賢明な判断だ」
快活に笑うと、先生は少し待ってろと自身のデスクにマグカップを置いて、またすぐに戻ってきた。
「ついてこい」
何一つ説明もなく、先生はスタスタと廊下を歩き出す。
俺もここは黙ってその後を追うことにした。
うちの生徒会は他の学校とは異なる運営方針を採っている。
それは選挙による役員選出ではなく、『生徒会執行部』という名の通り部活動として存在していることだ。
つまり希望すれば誰でも入ることができる。もちろん、進学や就職に必要な内申点はしっかり加算されるし、文化部であれば兼部も可能なため、意識高い人間からするとメリットは大きい。
とはいえ、さっきも述べた通り、その活動内容は多岐にわたり……
例えば体育祭や文化祭などの大きなイベントに関する事務処理や会場設営の手配、広報誌の作成や配布、その他もろもろetc……。
生徒会とは名ばかりで、実際はなんでも屋に近い。
そのため、行事にしろ委員会にしろ、自分の時間を割くのは当然のことで、場合によっては休日を返上しなければならないこともある。
そんなブラック企業ばりの業務を高校生のうちに、半ば強制的に体験させていただけるのだ、感謝すべきかもしれない……ってふざけんな。労働には正当な対価があって然るべきで、見えない内申点なんかより俺は自由が欲しい。
「ほら、ここだ」
連れてこられたのは、吹奏楽部が練習に使う教室の横にある小さな部屋だった。
ついに来てしまったかと俺が肩を落としていると、先生は躊躇することなくガラッと戸を開ける。
「失礼するぞ。作業中のところすまないが、一瞬手を止めてくれ。新しい部員を連れてきた」
先生の呼びかけに、中で談笑していた生徒たちは話をやめ、こちらに注目する。
「小森、自己紹介を」
「えっ、あぁはい」
先生に促されるまま、俺は戸惑いながらも一歩前に出る。
「2-3組の
ぺこりと頭を下げると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「というわけで、今日から小森もこの生徒会の一員だ。仲良くするように。それで
先生が室内を見渡すと、一人の女子生徒が立ち上がってこちらに向かってくる。
その存在感たるやまるで大輪の花の如く、華麗にして
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、整った顔立ち。出るとこは出て引っ込むところはしっかり引っ込んでいる抜群のプロポーション。
彼女が歩くだけで周りの男子は目が釘付けになり、女子ですら憧れの眼差しを向けるような存在。
そんな完全無欠のお嬢様は、俺の前に来ると優雅に微笑む。
「はい、ここに」
「よし、お前の望み通り、暇そうな奴を連れてきた。存分に扱き使ってくれ」
まるでぼろ雑巾のように投げ捨てられた気分だ。
え、ここシベリアじゃないよね? てか暇そうな奴ってなんだよ、そんなロクでもない奴生徒会に入れるなよ。あと当たり前のように暇人扱いすんなし。
俺が先生に対して心の中で文句を垂れていると、目の前にいる花宮さんがスッと右手を差し出してくる。
「2年6組の
「あ、どうもご丁寧に……」
おずおずとその手を握り返すと、彼女はさらに笑みを深めた。
「さて、それじゃあ私は戻ろうかな。小森はこう見えて優秀なんだが、自発的に動くことが苦手でな。花宮の方から積極的に指示してやってくれるとありがたい」
俺の取り扱い説明書みたいなことを言い残し、藤川先生は満足げな表情を浮かべながら部屋を出て行った。
さて、どうしたものか。いくつかツッコみたいところはあるが、まずは目の前のこの猫被り女をどうにかするか。
「で、なんで俺は生徒会に入れられたわけ?」
とりあえず端にあったパイプ椅子に腰を落とし、単純な疑問を投げかける。
「あら、もう胡散臭い演技は終わりかしら」
対して、先ほどまでの優等生
「別にお前とはそんな愛想よくする関係じゃないだろ、中学からの付き合いなんだし。それで、質問の答えは?」
「そうね、まず一つ勘違いしてそうだから教えてあげるけど、私は新しい部員があなただったなんて一切知らなかったわよ」
「……え? でもさっき先生がお前の望み通りうんたらかんたらって」
暇人認定は個人的に癪なので、そこだけあやふやにしてやった。
「そこに関してはあの人が勝手に言ってるだけよ。よかったわね、あなたのことずいぶんと好いてるみたいじゃない」
「たしかに年上は好きだけど……流石の俺でも無理なものは無理だ」
教師との禁断の恋愛とか普通にハードルが高すぎだし求めてないんで、ごめんなさい。別に告白とか一つもされてないが、とりあえず
「それで、あなたが生徒会に連れてこられた理由だけど、見てわかると思うけど、今うちの生徒会は深刻な人員不足なの」
そう言われて、改めて室内にいる生徒を数えてみると、なるほど確かに人数が少ない。生徒会執行部とは名ばかりにブラック企業もびっくりの激務をこなす精鋭が、たったの4人しかいないではないか。
「まぁ、なんとなくだけど察しはついた」
「理解が早くて助かるわ。新入生の入部に期待してもよかったんだけど、もしもの時の為に藤川先生と相談して、そこそこ優秀で手の空いてそうな2年生を何人か勧誘しようってことになったのよ」
勧誘? どう振り返っても強制連行されたんだが……。
「なるほどな。でも、それだと俺が連れて来られたのおかしくね?自分でいうのもあれだけど、別に俺、優等生じゃねぇし」
「あら、私はあなたのことそれなりに評価してるつもりだけど」
「そりゃ、買い被りすぎだ」
不敵に笑う花宮に俺はやれやれと首を振る。
「どちらにせよ拒否権はないんだよな?」
「そんなことないわよ? 別に私はあなたに『生徒会に入れ』なんて一言も言っていないもの。むしろそういうの苦手だと思ってたから、逆に私が驚いているくらいよ」
「まぁ、あれだ。藤川先生に捕まった時点で、諦めはついてる」
「それは雑用係として身を捧げる覚悟ができたということかしら?」
「せめて人権ぐらいは保障してくれ……」
花宮は俺の返答を受け取ると、愉快気に口元に手を当て「冗談よ」と微笑む。
そして一呼吸おいて、彼女は言葉を続ける。
「改めて歓迎するわ。小森君、生徒会に入ってくれてありがとう」
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