第15話 あざと可愛い後輩は初めましてでも距離が近い

 杜ノ宮もりのみや高校の校舎は3棟に別れている。


 体育科、生活科学科といった専門学科が集めれているA棟。

 普通科及び看護医療の所謂一般入試を通った生徒が集まるB棟。

 そして、職員室や会議室など特別教室が集まっているC棟。


 それぞれは渡り廊下で繋がっており、何階からでも行き来が可能となっている。

 なお雨天時は、屋根のない3階の通路が封鎖され、意外とこれが不便でめんどくさい。(一年の時は)


 そんなこんなで俺は今現在、C棟3階のとある教室に向かって歩いていた。

 さきほども言った通り、C棟は主に選択科目で使われるような特別教室が多くあるため、職員室を除けば基本的に行くことがあまりない。

 そのため普段から人気ひとけが少なく、放課後になると尚更静けさに包まれている。


 まぁ噂によれば、人がいないことを良いことに告白スポットに使われたりとか、不良生徒のたまり場になったりとか、トイレから激しい息遣いと女性のあんあんっといった声が聞こえたり……って最後の奴ら何してんだよ。羨ま……けしからん!


 しかしあいにく今日は、そんなラブコメもしくはヤンキー漫画、はたまたエ〇同人的な様子もなく、その代わりといっちゃあれだが陽気な鼻歌が閑散とした廊下に響いていた。


「ふんふーん♪」


 その正体は、俺の少し前方を歩く小柄な女子生徒。

 校則ギリギリを攻める短いスカートがスキップをするたび揺れ動き、目のやり場にすごく困る。


「ねぇねぇ!」


 一紳士として下を向きながら歩いていると、くるりと振り返った彼女は、こちらによってきてひょっこり顔を覗き込んできた。


「なんだよ」

「んーとね、キミって何組?」

「え? 3組だけど……」


 俺が答えると彼女はまるで嘘つきは泥棒の始まりとでも言わんばかりに、ジト目でこっちを見てくる。


「絶対嘘じゃん。だって私も3組だけどキミのこと見たことないし」

「いや、俺2年だから」

「へ?」


 あ、まさかとは思うけど知らなかったのね。

 彼女は表情豊かに今度は目をぱちくりさせると視線を落とし、俺のスリッパが2年を表す黄色であることを確認するや、「うわ、まじじゃん」とか小声で呟いてぺこりと頭を下げてくる。


「すみません。全然先輩ぽく見えなくて同級生だと思ってました」

「謝るのは偉いけど、シンプルに失礼だなお前」


 人のこと見た目で判断しちゃいけませんって小学校で習わなかったのかよ。え、詩織しおり先輩? あの人は特別です。


「ごめんなさい、思ったことすぐ口に出しちゃうタイプなので。というわけで、私は1年の大森唯おおもりゆいっていいます! よろしくお願いしますっ」

「お、おう」


 切り替えの速度がサヨナラホームラン打たれたピッチャーなんよ。てかプロ野球選手ってマジですぐベンチに帰るよね。あのメンタル見習いたい。

 人気のない廊下で自己紹介とか、今後絶対経験しないであろうシチュエーションだが彼女にならって、俺も一応名乗っておいた。


 ***


「ここだな」

「ですね」


 着いたのは『資料室』とプレートに書かれた小さな部屋。

 普段、生徒が使うような教室ではないためか、扉は少しばかり汚れていて、開けると中からホコリが舞ってきた。


 花宮に命じられた任務は、この部屋のどこかに閉まってある過去の文化祭の資料を探せとのこと。

 まぁ表向きは生徒会の仕事を任せられてるわけだが、実際のところはこの隣にいる後輩ちゃんの子守といった感じか。俺はベビーシッターかよ……。


「とりあえずさっさと見つけて戻ろうぜ」

「そうですね。じゃあ手分けして探しましょうか」


 俺と大森は二人で資料室を漁り始める。

 邪魔になりそうな段ボールを隅に寄せようと持ち上げるも、これがまた重い。こりゃ明日は筋肉痛かな。


「小森先輩」

「ん? 見つかったか?」


 大森の呼び声に期待して振り向くと、彼女は飽きましたとでも言いたげに机の上に腰かけていた。

 まだ5分も経ってないんですけど……ねぇ、サボりは俺の専売特許なので奪わないでもらっていいですかね? てか働け。


「いえ、まだです。ところでそれ、重くないですか?」

「あぁ、これか。正直かなりきつい。誰かさんが手伝ってくれればもう少し楽なんだろうがな」


 嫌味を込めて言ってやった。

 しかし、彼女はそれを全く気にする様子もなく、むしろこの状況を楽しむようにニヤリと口角を上げる。


「それより、密室でこんなに可愛い女の子と2人っきりなのに何も思わないんですか?」

「……はぁ?」


 確かに客観的に見れば悪くない状況かもしれない。

 もしこれがギャルゲーならば、間違いなくフラグが立つ場面だろう。

 でも、それはあくまで二次元の話であって三次元では起こりえない。


 それに、なんでだろう。この後輩に一切トキメキ的なアレを感じないんだよなぁ。


「悪いけど、口説くなら他当たってくれ」

「むーなんで私が振られたみたいになってるんですか!」

「いや知らねーよ。別に振ってないし、お前が勝手に変なこと言い始めたんだろ」

「だってこういう状況って普通ドキドキしません? それとも、先輩って彼女さんとかいたりします?」

「……いないけど」

「ですよね!」


 知ってた、みたいな顔をされ、ピキッと、俺のこめかみ辺りに血管が浮かぶ音がした気がする。

 あぶねー危うくこの持ってる段ボール投げつけるところだったわー。

 ラブコメがミステリーに変わるところだったぞ。犯人はこの中にいる! ってな。俺しかいねぇじゃん。


「俺はあれだ、作ろうと思えばすぐ作れるから。てか、口じゃなく手を動かせ、手を」


 そう、俺だって彼女の一人や二人くらい簡単にできる、と思ってる。

 最悪、出会い系アプリ使ったらいいし? 高校はダメでも大学デビュー目指す予定だし……。


 俺が未来に想いをせて黄昏ていると、彼女は「つまんなーい」と唇を尖らせる。


「別に無かったら無かったでよくないですか? 適当に駄弁って時間潰して、探したけどありませんでした! って謝れば、あまちゃんも許してくれますよ」

「いや、確かにそれもそうなんだけどさ……ってあれじゃね?」


 ふと棚の上に目をやると『文化祭』と書かれた箱を見つけた。

 どうやらあれを取れば今回のミッションはクリアというわけだ。問題は手が届かないところにポツンとあることだが。


「どうやって取ろうかな」

「先輩、肩車してください!」

「重いから嫌だ」

「えぇ……そこは喜んで、させてもらうよ☆とか言うところですよ。あと、私重くないです」


 頼りない後輩の案は即座に却下して、俺は台にできそうなものを探す。

 すると、部屋の隅にちょうどいい高さの椅子があったので、それを使うことにした。


「俺が登るから支えといてくれ」

「はーい」


 大森に指示をして、俺は脚立のように椅子の上に立つ。そして、両手を伸ばして目的のものを取ろうとするも、指先が触れるのは空ばかり。くそ、あと身長が5㎝あれば……。


「先輩、もうちょっと右です。はい、そこでストップ」

「ここか? あ、これか」


 なんとか掴んで引っ張り上げるも、勢い余ってバランスを崩してしまう。

 あ、これはヤバいと脳裏に過るよぎるが、そのまま倒れてしまい、痛みに備えて身構えるもいつまで経ってもその瞬間はやってこない。


 恐る恐る目を開けると、目の前には大森の顔があり、俺は彼女に抱き留めだきとめるられるような格好になっていた。

 甘い匂いと柔らかい感触に包まれ、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。悪い」


 とつ機転を利かせてくれた大森に感謝しつつ、俺は立ち上がると、その箱を持って部屋を出る。


「早く戻ろ――」

「先輩」


 扉に手をかけた時、背後から声がかかり、振り返ると彼女は意地悪そうに微笑んでいた。


「今のはさすがにドキドキしたんじゃないですか?」

「……ノーコメントで」


 知ってた。

 よくあるもんラブコメで、ラッキースケベとか、偶然キスしちゃったとか。

 高い所にある荷物を取るシチュエーションなんてラブコメの神様が見逃すわけがない。


 だから考えないよう平常心を装っていたのに。

 ……その台詞は反則なんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る