第2話  あざと可愛い後輩は僕に嘘をつく

 GWも過ぎ、だいぶ日の入りが遅くなってきた今日この頃。

 3年生にとって最後の大会であるインターハイが近づいてきたこともあってか、各々練習場から熱の入った掛け声が聞こえてくる。


 俺の通う兵庫県立杜の宮もりのみや高校は広大な敷地と県内でも数少ない体育科が設置されていることもあって部活動が盛んだ。

 そのため午後5時にもなれば校舎内には文化部の生徒ぐらいしか残っておらず、廊下を歩けば人の声は無く、吹奏楽部の奏でる音色が響いている。


「たっだいま~!」


 そんな閑散とした校舎のとある教室の前に来ると、大森は勢いよくドアを開けた。

 教室の中には長机とパイプ椅子が並べられており、その奥にはホワイトボードがあるだけの殺風景な空間が広がっている。

 そんな中で、1人ポツンと席に座っている女子生徒がいた。

 窓から流れる風につややかな黒髪をなびかせている彼女はこちらに気が付くと手元の作業を止める。


「おかえりなさい。遅かったわね」


 そう言って微笑む彼女の名前は花宮天音はなみやあまね

 俺が所属する生徒会執行部の部長であり、この学校の生徒会長様だ。


「あまちゃんただいま~! 無事、小森先輩を連れてきましたっ!」


 大森はビシッと敬礼しながら元気いっぱいに答える。


「お疲れさま。あと、先輩を付けなさい」

「えぇ~? いいじゃん! 小学校からの付き合いじゃないですか」


 大森の言葉にため息をつく花宮。

 もはや見慣れた光景なだけあって、彼女も半ば諦めているようだ。


「それで、おさぼり君は手伝ってくれるの?」


 なんだそのどこぞのプロ野球チームで4番打ってそうなあだ名は。

 どちらに対しての問いかけか微妙なところだったが、否定の意味も込めて俺が口を開く。


「手伝ってほしいことがあるなら先に言っておけよな。で、文化祭の準備って何が残ってんの?」


 俺が問いかけると花宮ははてなと首を傾げる。


「文化祭の準備? 今日は特にないけど。あれ、おかしいわね。唯から何も聞いてないの?」

「は?」


 そう言われ俺が大森の方に目をやると、彼女は慌てた様子でそっぽを向く。

 そんな俺たちを見て何か悟ったのか、花宮が呆れたように呟いた。


「あぁ……そういうことね」

「いや、待ってくれ。全然状況がわかんないんだけど」


 俺は頭に疑問符を浮かべながら説明を求める。

 あいかわらず大森は知らんぷりを決め込むつもりなのか、視線を合わせようとしない。

 それを見た花宮は再び小さくため息をつくと、簡潔に説明をし始めた。


「その様子だと私が小森君を呼んでるみたいなこと言ったようね」

「ああ。だからてっきり何か手伝ってほしいのかと思ってきたんだけど……」

「そうね、あながち間違ってないわよ。ただ手伝ってほしいことがあるのは私じゃなくてそっちの子だけど」


 花宮がそう言うと、大森も観念したのか渋々といった感じで話し始める。


「じ、実は明日の美化委員会で配る資料がまだできてなくて……。それであまちゃんに手伝いをお願いしたんですけど、私も仕事があるから小森先輩に頼みなさいって言われて……」

「いや、嘘つきすぎだろ!? もはや二重超えて三重ぐらい嘘ついてんぞ。はぁ……素直に最初からそう言えよな」

「だって先輩本当のこと話したら絶対帰るじゃないですか!」

「まぁそれはそう。なんなら今でも全然帰るけど」

「ひどい! こんなにも可愛い後輩が困ってるのに!!」


 ぴーぴーと喚きながら頬を膨らませる大森。

 その姿を見て花宮はクスっと笑みをこぼす。


「ふふっ、2人は本当に仲良しよね。まるで兄妹みたい」

「ちょっとあまちゃんまで! 笑い事じゃないですよぉ~」


 花宮の言葉に大森はさらにむくれてしまった。


「こいつが妹とかまじで勘弁してくれって感じだけどな」

「そう? なんだかんだ面倒見てる方だと思うけど」

「気のせいだろ」


 俺がそう言い切ると花宮はそれ以上何も言わなかった。


「まぁいいわ。唯が私の名前を使って小森君を呼び出したことに、あまりいい気はしないけど、生徒会として委員会で使う資料が出来ていないのは問題ね。小森君、時間があるんだったら手伝ってくれない?」

「へいへい。ほれ、さっさと終わらせるぞ」


 俺が促すと大森は不満げながらも席に着く。


「……先輩ってあまちゃんには甘いですよね」

「うっせぇ。お前は少し反省しろ」


 俺がもの言いたげな視線を向けると大森は顔を背ける。

 どうやらこの後輩にはもう少し説教が必要らしい。

 こうして俺達は委員会の資料作りに取り掛かったのだった。

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