第3話 あざと可愛い後輩は恋をする

「あいつ帰ってこないんだけど」


 作業を始めてしばらくして、大森は「お手洗いに行ってきますね!」と言って教室を出ていったきり戻ってこない。

 かれこれ20分以上経っているが、一向に戻ってくる気配がないのだ。


「気になるんだったら探して来たら?」

「いや別にそういうわけじゃ……」


 花宮の言葉に相槌を打ちながら、俺は資料の整理をしていたがやがて手が止まる。


「……悪い。俺もトイレ行ってくるわ」

「えぇ。行ってらっしゃい」


 花宮に送り出された俺は、そのまま大森を探しに行くことにした。

 別に心配だからとかそんな感情は一切なく、ただ単に仕事を押し付けられてる気がして気に食わないだけだ。

 あいつが居そうなところに目星を付けて足を進めると、案の定渡り廊下でたそがれる大森を見つけた。

 背後から気づかれないように近づきその頭に軽くげんこつをお見舞いする。


「おい、何ナチュラルにサボってんだよ」


 俺がそう声をかけると、彼女はやべっとでも言うような表情を浮かべた。


「先輩……って痛いんですけど。私がバカになったらどうしてくれるんですか!」

「安心しろ。元々そこまで賢くねぇよ」


 俺がそう返すと彼女は不服そうに唇を尖らせる。


「それより早く戻るぞ。花宮が怒ってるだろうし」

「……もう少しだけ待ってください」


 大森は再び外に目をやる。

 その視線の先にはサッカー部が練習しているグラウンドが見える。


「お前サッカー好きなの?」

「いえ、特に好きというわけではないです。ルールよくわかんないですし」

「なんじゃそりゃ。じゃあ……」


 なんで見てるんだ?と聞こうとしたところで口を紡ぐ。

 その理由を彼女に聞く必要がなくなったからだ。

 彼女の見つめている先にいる一人の青年。強烈なシュートがゴールネットを揺らし、チームメイト達に囲まれハイタッチをしている。まさに青春の一幕と呼ぶにふさわしい。

 そしてそれを見て微笑む彼女の横顔を見た瞬間、俺は思わず言葉を失った。……初めて見たかもしれない。


 ――恋する女の子の顔を


青葉あおばのこと好きなんだな」


 無意識のうちに口から出たその名前。

 俺の声に大森は一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに笑みを浮かべて言った。


「バレちゃいましたか」

「あんな熱心に見つめてるからな。すぐわかる」

「うーん……。顔に出ないよう気を付けてるんですけどね」


 恥ずかしそうにはにかみながら頬を掻いてるその姿を見ると、いつもの大森とは思えず少し反応に困ってしまう。


「意外だな」

「私だって花の女子高生ですよ? 恋の一つや二つくらいしますよ!」

「まぁそれはそうだが……」


 大森が誰かに好意を抱くなんて想像できなかったというのが本音だが、口にするのは野暮やぼなので黙っておくことにする。


「ていうか先輩、青葉先輩と仲いいんですか?」

「いや別に。ただの腐れ縁だな」


 俺と青葉陽翔あおばはるとは保育園からの付き合いで、所謂幼馴染というやつだ。だからといって特別に親しかったり何かあるわけではない。

 クラスも学科も違うし、よく連絡を取り合ってるわけでもない、顔を合わせば軽く話す程度の関係。

 そりゃ小さい頃は一緒に遊ぶことも多かったが、俺の中に残るあいつの印象は『よくモテる奴』といった感じだろうか。


 高身長、スポーツ万能、おまけに顔まで良いときた、そんな王子様みたいな男を女子がほおっておくわけがない。

 女子の連絡先を貰えば青葉と繋がりたいと土台にされ、バレンタインデーともなれば人気ひとけのない校舎裏に呼び出され青葉宛のチョコレートを渡される。

 そういや、俺はお前の付き人かよって愚痴ったこともあったな。なんだかんだ気が付いたら別の道歩んでたけど。

 そんな俺の昔話を聞いて、大森は不憫に思ったのか憐みの視線を送ってくる。


「先輩……相手が悪かったですね……」


 あー違ったこれバカにされてるわ。


「へっ、どうせ俺はあいつみたいにイケメンじゃねぇよ。今に見てろよ、顔だけでちやほやされるのは学生までなんだぞ。大人になれば財力が物を言うようになるんだからな」


 いい大学に行って大手企業に就職する。そのために生徒会に入って内申点稼いでるんだから、将来性なら俺の方が高いな。うん。

 俺の言葉に大森は何故か唖然とした様子を見せる。


「先輩がモテない理由がよくわかった気がします……」

「ばっかおま、俺だって告白されたことぐらい……」


 言いかけてやめた。言って悲しくなってきた。

 誰かこんな僕を貰ってください。


「……先輩にもいい人できますよ」


 でたよ、いい人。誰だよ、いい人。

『じゃあ、君が彼女になってよ』って言ってフラれた中学時代を思い出したわ。


「いや別に俺の話はどっちでもいいんだよ。それより、お前こそどこで青葉と知り合ったわけ? てかどこが好きなの? 顔?」

「ち、違いますよ! ……それはもちろん、顔にも惹かれましたけど……委員会が一緒なんです。そこで色々あって仲良くなって……いつの間にか好きに……」


 そこまで言って大森はハッと顔を赤らめて下を向く。


「なるほどな。まぁ、頑張れよ」


 正直、こいつが恋愛しようがしまいが俺には関係ないことだ。

 普通の学生だったら誰でも好きな人ぐらいできるだろうし、現に俺にも想う人がいる。

 相手が俺の知り合いで驚いたけど、だからといってわざわざ他人の恋路に首を突っ込む理由はない。大森は俺にとってただの後輩だから。

 まぁ、経過と結果ぐらいは聞かせてもらうけどな。

 上手くいった暁にはコーラでも奢ってやるか。


「……先輩」

「ん?」


 大森は少し照れくさそうにしながら、上目遣いでこちらを見つめてくる。

 夕日かはたまた別の要因か、その顔は紅潮こうちょうしているように見えた。

 そして意を決するように息を吐くと、彼女は甘い声で言った。


 ――先輩、付き合ってくれませんか?


 その言葉の意味を俺は理解できなかった。

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