第5話 あざと可愛い後輩はお砂糖とスパイス、そして小悪魔的な何かでできている

 飲食店が立ち並ぶブースに入ると、そこには食欲を刺激する香りが充満していた。

 人間誰しも考えることは一緒か、お昼前にも関わらず人気のお店にはすでに列ができている。

 がっつりいくなら中華やトンカツか?でも大森のことを考えると少しお洒落なカフェやイタリアンでもいいな。なんなら学生だし財布にも優しいマクドも選択肢の一つか。ちなみにマクドナルドのことをマクド呼ぶのは関西と一部の県だけらしい。


「おぉ~、どこも美味しそうですね!」


 大森は目を輝かせながら、辺りを見渡す。その様子はまるで子供のようだ。


「お前は何か食べたいもんあるか?」

「えーと、そうですね……」


 顎に手を当てながら、真剣に悩んでる大森を眺めていると、不意に視線がぶつかる。


「先輩はどこがいいです?」

「別に俺は何でもいいぞ」


 こんな時は男が率先して決める方がいいのかもしれないが、優柔不断な性格が災いわざわいし、どうしても決めかねてしまう。


「じゃあ、私が選びますよ?」

「おう」


 大森は小さく首を振ると、再び店一覧が記された地図を睨みだす。


「じゃあ、ここなんてどうですか?」


 そう言って大森が指差したのは、季節のフルーツをふんだんに使ったパンケーキが有名なumieの人気店だ。


「パンケーキって昼飯なのか……?」

「いいじゃないですか。それに先輩甘い物好きですよね?」

「そりゃ好きだけどさ……」


 俺、どちらかというと和菓子の方が好きなんだよなぁ。

 なんでもいいって言った手前、文句を言うわけにもいかないので、ここは大人しく大森の提案に乗ることにした。


「じゃあ、そこ行くか」

「はい!」


 大森は嬉しそうな笑顔を浮かべると、意気揚々いきようようと俺の手を引いて歩き出す。


「ちょっ! パンケーキは逃げねぇよ!!」


 あーもうこの時点ですでに胃もたれしてきたわ……。


 ***


「いらっしゃいませ~。二名様でよろしいですか?」


 こちらへどうぞと案内されたのは窓際の席。店内は女性客が多く、ちらほらとカップルの姿も見受けられる。てかこの店ほとんど二人席しかないんだけど……なに、カップル専用の店なの?俺たち出た方がいいんじゃねこれ。


「ふふっ、なんだかデートみたいですね」


 大森は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込む。

 こいつもこいつで好きな人がいるのに、何故こういう台詞を恥ずかしげなく言えるのか……一夫多妻制の国生まれかよ。


「バカなこと言ってないで早く注文しろ」

「はいは~い!」


 大森はメニュー表を手に取るとパラパラと捲りめくり始める。


「先輩はどれにしますか?」

「そうだな……」


 俺はメニューに書かれた文字に目を落とす。

 パンケーキの種類だけでもプレーン・チョコバナナ・イチゴなど様々で、トッピングも生クリームやアイス、ジャムなどが選べる。

 さて、何にするか……ん?ランチメニュー?


「私決まりました!」


 俺がうんうんと悩んでる間に、大森は既に決まったようで、まだかまだかと俺の方を見つめてくる。


「早いな」

「こういうのはパッと決めちゃうタイプなので」

「まぁ、俺も大体決まったし……呼ぶか」


 すみません!と大森は店員さんを呼ぶと、手際よくオーダーを伝える。


「贅沢イチゴのマウンテンパンケーキとホットコーヒーください! 先輩はどうします?」

「……ふわふわたまごのオムライスで」


 少々お待ちくださいと店員さんが去ったところで、大森はテーブルに肘をつき、身を投げ出してくる。


「なんでオムライスなんですか……」

「悪いかよ」

「いえ、悪くはないですけど……一応ここパンケーキのお店なんですよ」

「知ってるよ」

「まぁ、先輩がそれでいいなら私は構いませんけど」


 そんな他愛もない会話をしていると、あっという間に料理が運ばれてきた。

 大森の頼んだパンケーキには山のように盛られたホイップクリームと、その上にこれまた大きなイチゴが何個か乗っている。見てるだけでもお腹がいっぱいになりそうだ。

 自分の前にパンケーキが置かれるやいなや、大森はスマホを取り出しパシャリと一枚写真を撮る。


「先輩も映りますか?」

「なんでだよ」

「インスタのストーリーに載せようかと思いまして」

「だったらなおさらいやだよ」

「もう、ノリが悪いんですから~」

「悪かったな」


 俺はスプーンを手に取り、ふわふわの卵が光るオムライスを一口頬張った。……ん、うまいな。

 大森は大森の方で映えた~とかなんとか言って満足したのか、フォークとナイフを持ち、その手を合わせる。


「いただきます!」

「ん」


 俺が小さく返事すると、大森は無言でパクりと口に運んでいく。よほど美味しいらしく、頬っぺたが落ちそうだと言わんばかりに緩んでいる。


「おいひぃれす!」

「それはよかったな」

「先輩も一口どうぞ」


 そう言うと大森はフォークにパンケーキを刺し、俺に差し出してくる。


「いや、いいよ」

「遠慮しないでいいですよ。はい、あ~ん」

「だからいらねぇって」


 俺の言葉に耳を傾けず、大森はぐいぐいとパンケーキを近づけてくる。


「あ~ん」

「……はぁ」


 俺は小さくため息を吐くと、仕方なく差し出されたパンケーキをパクりと食べる。


「どうです? 美味しいですか?」


 大森は桃色の唇に指を当て、わざとらしい上目遣いを向けてくる。


「……味、わかんねぇよ」


 俺は思わず目を逸らす。

 相手はあの大森だ、きっと深い意味は何もない。

 しかし、それなのに意識してしまう自分に……嫌気がさす。

 俺は誤魔化すように、オムライスを黙々と食べ続ける。


「先輩って可愛いですね」

「うぅひぇお」


 そんな俺を見て笑う小悪魔は、どこか楽し気にイチゴを口にしまうのだった。

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