そして、彼らの物語は文化祭と共に幕を開ける

第29話 凛々しく可愛い会長は開催の合図を告げる

 体育館に設置されたスピーカーからは軽快なBGMが流れており、暗闇に包まれた館内からは生徒たちのざわめきが聞こえてくる。

 そんな喧噪の真っ只中、ステージ上では生徒会役員達がスタンバイしていた。もちろん俺も。


 緞帳だんちょうの隙間から客席を覗くと、満員御礼。暗くてはっきりとは見えないものの奥の一般席までびっちりと埋まっている。

 この学校で文化祭を迎えるのは2回目だが、まさか自分が運営側に立ってスポットライトを浴びることになるとは思わなかった。

 いつもの学校とは違う雰囲気に、自然と緊張が高まっていく。


 それは大森も同じらしく俺のわきの間からひょっこり顔を出すと、小声で話しかけてきた。


「先輩先輩、手汗ヤバいです」

「わかる。俺なんて背中もヤバい」

「わかります。私なんか足が震えてて、ちょっと気持ち悪いんですよね」

「奇遇だな。俺もそれだ」


 大森は俺の言葉に目を丸くした後、「ふへへ」と小さく笑う。


「先輩も緊張するんですね」

「当たり前だろ。今でも、昨日グーを出しとけばよかったと後悔してるくらいだ」


 ぎゅっと拳を握りながら、俺はガクッと肩を落とす。


「そこの二人、コソコソしないで準備してくれるかしら?」


 そんな俺らのやり取りを聞いてか、ため息の混じった声が飛んでくる。

 振り向くと、いつの間にか花宮が俺たちの後ろに立っていた。


「お、おう……」

「はい……」


 俺らは気まずそうに返事を残し、おずおずと所定の位置につく。


「では、最終確認を始めるわね」


 そう言うと、花宮は手元の資料を見ながら説明を始めた。


「開演時間になると放送部の梅崎うめざきさんがアナウンスを流すわ。その後、カウントダウンと共に幕が上がるから、3・2・1のタイミングであかりちゃんの合図と共にスローガンに貼られた暗幕を剥がしてちょうだい。ここまで大丈夫かしら?」


 花宮が重大な役目を負うあかりの方を向くと、その視線を受けた彼女はこくりとうなずく。


「おっけー。任せて」

「ありがとう。頼りにしてるわ」


 そう言って微笑むと、花宮は再び正面に向き直り、話を続ける。


「それと、剥がし終わった後だけど、すぐにオープニングセレモニーが始まるから、その隙に二手に分かれて舞台袖まで引くこと。その際だけど、暗幕の回収を小森君にお願いするわ。万が一にも足を取られて転んだりしないように気を付けてね」

「了解。任せろ」


 俺が自信満々に胸を張ると、花宮は不安げな表情を浮かべる。


「ありがとう……でも、心配だわ」

「おいこら。てかすげーな、よくそんな両極端な反応できるなお前」


 優しさの無い心配はいらねーんだよ。

 こんなところですってんころりしてみろ、一生学校来れなくなるぞ。

 不登校の理由が文化祭とか、もうほんと笑えない。


「冗談よ。冗談。まぁ、とにかく、頼んだわよ」

「はいよ」


 俺が返事をしたのと同時に、花宮の持つインカムにノイズが入る。


『こちら藤川。間もなく開演だが、準備はいいか?』

『花宮です。こちら問題ありません』


 花宮が答えると、インカムの向こうで『了解』と藤川先生の声がした。


「それじゃあ……みんな、頼むわね」


 花宮は小さく頷き呟くと、静かに舞台裏へと消えていった。

 それと同時に、スピーカーから流れていたBGMが鳴り止む。

 やがて、体育館中の生徒達も口を閉ざすと、辺りには時計の音だけが響き渡っていた。


 ――そして、時は来た。


『只今より、第56回杜ノ宮もりのみや高校文化祭を開催します!』


 放送部の梅崎さんによる元気の詰まった開催宣言が館内に響き渡る。

 途端、生徒達の歓声と拍手が沸き起こり、同時に舞台の照明が灯された。


『初めにオープニングセレモニーを行います。みなさん、カウントダウンに合わせて大きな声でご唱和ください!』


 梅崎さんの言葉を皮切りに、吹奏楽部によるファンファーレ演奏され始める。

 それに合わせるように、体育館内のボルテージも……そして緞帳が上がっていく。


「五!」


「「四!!」」


「「「三!!!」」」


「「「「ニ!!!」」」」


「「「「「一!!!」」」」」


 どんどん大きくなっていくカウントダウンの掛け声を背中で受けながら、俺たちは暗幕を掴む。

 そして、『一』を数え終え、一瞬の静寂が訪れた次の瞬間。


「せーーーのっ!!!」


 あかりの号令と共に俺達は力いっぱい上下に腕を振る。

 すると、暗闇に包まれていた体育館の中に一気に眩い光が差し込み、視界一面に色鮮やかな世界が映し出された。


「「うぉおおおおお!!!」」


 体育館中に響く大歓声。

 それはまるで、自分に浴びられているかのように気分が高揚していく。


「……先輩、ダッシュですよ!」

「あぶね、そうだったわ」


 興奮冷め止まぬまま、俺と大森は急いで舞台袖へと駆け込む。

 会場はいまだに熱気が渦巻いており、ステージ上では花宮がマイクを片手に挨拶していた。


「すごい盛り上がりですね」

「ああ。そうだな」

「いい思い出になりましたね、先輩っ」


 大森はそう言いながら、俺の隣に立つと、にっこりと笑顔を見せる。


「いや、まだ始まったばかりだから」


 そう……始まったばっかりだ。

 俺はこの祭りの終わりを見届けなければならない。

 たとえそれがどんな結末であろうとも。


 ――この物語の主人公は俺じゃない。


「先輩なんだか楽しそうな表情してますね」

「そう見えるか?」

「なんとなくですけど」

「……まぁ、去年よりかはマシかもなって思ってさ」


 俺は頬を緩ませながら大森に返す。


「そうですか。ならよかったです」


 大森は満足げに笑うと、舞台の方へと向き直った。


「――では、これにてオープニングセレモニーを終了させていただきます。引き続き、本日のプログラムをお楽しみ下さい」


 凛とした声でそう告げると、花宮はゆっくりとお辞儀をする。

 再び館内は大きな歓声と拍手に包み込まれ、それを見届けながら俺は次なる業務に向かうべく、一旦その場を後にした。

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