第30話 凛々しく可愛い会長はやはり主演が相応しい

『お待たせいたしました。午前11時より体育館にて2年6組による演劇がございます。ぜひお越しください。以上、実行委員広報でした』


 校内放送が流れている最中、俺は体育館の裏手に居た。

 オープニングセレモニーが終われば、文化祭も本番だ。

 つまり、俺の仕事も本格的に始まるわけである。


 一日目に与えられた主な業務は体育館行われるイベントの誘導係と雑務。

 といっても基本的には裏で待機して、何かあれば対応するという感じなので、そこまで忙しいわけではない。

 ある意味、特等席でステージイベントを見られるので、その点は少し得をしていると思う。


 本日のプログラムはさっきも放送であったが2年6組の劇に始まり、午後からは吹奏楽部の演奏会、1年4組による『学校〇行こう』のパロディー、そして3年生有志によるバンドライブとバラエティに富んだラインナップになっている。


 ふむふむと俺が文化祭のパンフレットに目を落としていると、ふと目の前に水色の影が通り過ぎていく。

 それからほどなくして聞き覚えのある声がきゃーきゃーと聞こえてきた。


「天音めっちゃ可愛いじゃん! ちょー似合ってる!」

「しゃ、写真は撮らないでもらえると……」

「えー? いいじゃーん。あたし広報の子から、学校のHPに載せる写真たくさん撮ってきてって頼まれてるからさ〜」


 視線を上げると、そこにはあかりと水色を基調としたドレスに身を包んだ花宮の姿があった。

 いつもの制服姿とは全く違うその雰囲気に思わず息を飲む。

 さらりと伸びた髪はわれており、頭には花飾りが乗せられていて、普段は隠れて見えないうなじがチラリと覗いている。

 その姿はまさに『姫』と呼ぶに相応しいものだった。


 なお、当の本人は恥ずかしいのか困り顔を浮かべている。

 そんな花宮とは対照的にあかりはノリノリの様子だ。

 広報用の写真をカメラに収めると、次は自分のスマホを取り出しパシャパシャと写真を撮りまくっている。その光景を目にした花宮はいよいよ観念した様子だった。

 君たちいつの間にそんなに仲良くなったんだ。


「……ってあれ、小森くん?」


 あかりの着せ替え人形になっていた花宮は、俺の存在に気付くと驚いたように目を丸くする。


「よう。頑張ってんな」


 俺が声を掛けると、あかりはニヤッと笑いピースサインを作った。


「どうよ、あまねのドレス姿! 超可愛いでしょ!」

「あ? あぁ……まぁ、なんだその氷の女王様みたいで良いんじゃね」

「うわー……あんたってほんとそういうところだよ」


 俺の感想に、あかりは呆れた様子を見せる。


「なんでお前にディスられんだよ。普通に褒めただろ」

「いや、あれのどこが褒め言葉だって言うの?ね、天音」


 あかりはそう言いながら、花宮に同意を求める。


「そうね。でも彼に褒めるセンスを求めること自体間違っているのかもしれないわね」

「いや、辛辣すぎない?」


 俺が苦笑しながら返すと、花宮は口元に手を当てクスっと笑う。


「あら、小森君が言う通りに氷の女王を演じてみたのだけれど……いけなかったかしら」

「……やっぱりお前には適任だよ」

「ありがと。褒め言葉として受け取っておくわね」


 花宮は小さく微笑み、スカートを軽く摘んでお辞儀をした。

 相変わらず完璧な所作に俺はため息をつく。


「で、結局何の衣装なんだそれ。本当に氷の女王なんじゃねぇの」

「いやいや、どう見たって『シンデレラ』じゃん」


 お前の目は節穴かと言わんばかりに、あかりは俺に突っ込みを入れる。


「どう見たってって言われてもな……どう見てもこう見ても、俺男だし童話とかよく分かんねえから」


 てかドレスだけで見分けれる方がすごいだろ。

 これで雪だるまの格好をした奴でも現れて見ろ、完全に違う作品じゃねぇか。やっべ、消される。


「はぁ……天音、そこのアホに靴見せてあげて」


 あかりに促されると、花宮はその小さな足に履いていた透明なヒールを俺に見せるように持ち上げた。


「まぁ、これだと確かに俺でも分かるけどさ。それにしてもすげぇクオリティだな」


 おそらくガラスではなくプラスチック製だろうが、それでも細かい装飾が施されていて、とても素人が作ったとは思えない。


「そうね。演劇部の子たちが作ったらしいんだけど、私もこんなに完成度が高いとは思わなかったわ」

「へー、器用なもんだな」


 花宮の言葉に相槌を打ちながら、俺はじーっとその美しい靴を見つめた。


「あ、あんまり見ないでくれるかしら。さすがに少し恥ずかしいわ……」

「おぉ……悪い」


 俺は慌てて視線を逸らす。

 いくら相手が花宮とはいえ、まじまじと凝視するのは失礼だったな。

 にしても、足白いな……。


 って、おい。ちょっと待て。

 俺今何を考えてた。

 俺は邪念を振り払うように首をブンブンと振る。

 そんな俺を見て花宮は不思議そうな顔をしていた。


「小森君どうかしたの?」

「い、いやなんでもない。それよりお前、生徒会長として文化祭の準備とか忙しかったのに、クラスの劇……それも主演で出るとか大変だな」


 俺は話を誤魔化そうと話題を変える。


「別に私はそんなに疲れてはいないから大丈夫よ。ただ、クラスメイトにシンデレラ役をお願いされた時はさすがに驚いたけれど……」

「えー、めっちゃ似合ってるじゃん。天音にぴったりだと思うけど?」


 どこか自信のない花宮に、あかりはすかさずフォローを入れた。

 俺も口には出さないが、彼女のドレス姿を見て素直に綺麗だと思ったし、似合うか似合わないを問われれば前者の方であるとは思う。

 まぁ、そもそも花宮天音という校内でもトップレベルの美少女がクラスに居れば、主演を押し付けられるなんて必然的な流れなのかもしれないが。


「そう言ってもらえるのは嬉しいのだけれど、こういう役ってきらきらしている子がやるイメージがあるでしょ? それこそ、あかりちゃんみたいな」

「あたし!? いや、全然似合わない似合わない」

「ま、お前はガサツだしな」


 俺がボソッと呟くと、脛に足が飛んできた。


「いっつ……!」

「うるさい!」


 あかりはキッと睨みつけ、次はどこに蹴りを入れてやろうかという感じで構えている。そういうところがな……。


「二人とも、みっともないからその辺りにしときなさい」


 俺たちのやり取りを見ていた花宮は、喧嘩を仲裁する母親のようにやれやれとため息をついた。


「花宮さーん、最後クラスで円陣組むから来てもらってもいいかな?」


 ふと、ステージ上から花宮のクラスメイトらしき女子生徒が手招きをしているのが見える。


「ごめんなさい、すぐに行くわ」


 花宮が返事をするなり、その少女は手を振ってその場を離れた。


「いよいよだね……頑張って! あたしもちゃんと見てるから!」

「えぇ、ありがと」


 あかりの激励に花宮は優しく微笑み返す。

 それから彼女は俺にも目を向けた。

 何か言い残しておくことはないか、ということだろうか。


「まぁ頑張れよ。お前なら上手くやるだろ」

「……ありがとう。小森君に言われるとなんだか不思議な気分だわ」

「なんでだよ」


 俺が不満げな声を上げると、花宮はまた微笑んだ。


「冗談よ。応援してくれて嬉しく思うわ」

「……そりゃよかった」

「それじゃあ、行ってくるわね」


 花宮は軽くスカートの裾を持ち上げて会釈すると、そのままパタパタと駆けて行った。

 やがて、ステージの方から熱のこもった掛け声が聞こえてくる。

 その中心に花宮がいると思うと、改めて彼女は遠い存在なのだと感じさせられた。


『大変お待たせしました。只今より、2年6組による演劇〈シンデレラ〉を開演致します』


 アナウンスと共に、照明が落ち真っ暗になる。

 それと同時に、ステージ上にパッと光が灯され、同時にBGMが流れ始めた。

 客席から拍手が起こり、舞台が始まる。

 盛り上がりからしてそれなりに人が入っているようだ。


「あたしは客席に行くけど、慧はどうする?」

「俺はここでいいよ」

「そっか。じゃあ、あとで」


 あかりはひらりとスカートを翻すと、そのままドアを押して出て行った。

 一人になった俺は壁にもたれかかりながら、ぼんやりと舞台上を眺める。

 花宮というなんでも完璧にこなす天才が、一体どんな演技を見せてくれるのか。

 正直、少しだけ楽しみにしている自分がいた。

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