第8話 あざと可愛い後輩は無意識に距離が近い

「お前って子供とか好きなの?」


 服を物色中の大森に、俺はふと疑問に思ったことを口にする。


「好きですよ。可愛くていいですよね~」

「へぇ」


 意外だな。

 まぁ、精神的な年齢とか近いし、案外その辺で通じ合ってるのかもな。口に出したら絶対に怒るけど。


「先輩は嫌いですか? 小さい子とか」

「別に。でもあれぐらいの歳だったらまだ可愛げがあっていいよな」

「……なんだか先輩が言うと犯罪の匂いがしますね」

「どういう意味だよ」


 現実のロリには興味ねーよ。

 アニメだったらそりゃ推しになるかもしれんが……でも俺が好きなロリキャラはロリはロリでも合法的なキャラの方が萌えるんだよな。ぐへ、ぐへへ……っていけないいけない。


「あ、先輩見てくださいこれ」


 俺のよこしまな考えなど知る由もなく、大森は一着の服を手に取り俺に見せてくる。


「可愛くないですか?」

「あーお前に似合いそうだな」

「へ? えっと……じゃあこれにします……」


 大森は何やらもぞもぞと照れくさそうにしながら試着室に飛び込むよう駆けていく。

 俺は近くにあった椅子に座り、スマホを取り出すと、適当にネットニュースを読み漁る。あ、阪神負けてるやん……


「彼女さん待ってるんですか?」

「え?」


 俺がぼーっと天井を見つめていると店員さんが話しかけてきた。

 星形のピアスを揺らし、前かがみにニコニコと俺の方を覗き込む。くっ、万乳引力が……いるんだよなぁ、待ってる人間にいきなり話しかけてくる店員。都会の服屋はコミュ力が高い。


「いやえっと……」

「可愛い彼女さんですね! 同い年ですか?」

「いや……」

「私彼氏いないんで羨ましいです。あ~学生の頃に戻りたいな~」

「はぁ……」

「青春してますね! 今どれくらい付き合ってるんですか?」

「…………」


 ……ダメだ、この人話聞いてくれないタイプだ。

 そのあとも、世間話……いや一方的な会話は続き、結局否定することもできず俺の魂はすり減っていく。


「あ、彼女さん出てきましたよ」


 店員さんの耳打ちに合わせて、俺は死んだ魚の目でカーテンの向こう側を見る。


「……どうですか?」


 ピンクのフリルがついたワンピースを着た大森がこちらに顔を出す。


「……」

「……せ、せんぱい?」

「ん、あーかわいい。めっちゃかわいいよー」

「なんだか棒読みすぎませんか!?」


 俺は引き攣ったひきつった笑みを浮かべる。やっぱ服買うなら地元のユニ〇ロが一番だわ。


「悪い、先に店の外で待ってる」

「あ、はい。わかりました」


 支払いをしている大森に一言告げ、俺は一足先に店を出る。あぁ……外の空気うめぇ。

 近くにあった壁にもたれて、深く息を吐いた。


「お待たせしました」

「おう」


 お洒落な紙袋を片手に、駆け足で寄ってきた大森に軽く手を挙げて応える。


「すごく疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」

「まぁな。流石に一日中、人混みの中歩くと疲れるな」

「そんなこと言ってたらデートとかできないですよ?」

「家でいいよ家で」


 どうせ出来る予定もないしなと言うと、大森はダメな人間を見るよう呆れたため息をつく。


「はぁ……まぁでもそろそろいい時間ですし、帰りましょうか」

「そうだな」


 俺たちはモールを後にして、駅までの道を歩き出す。


「そういえば、私が試着してる時店員さんとなに話してたんですか?」

「ん? あぁ……妹さんですかって聞かれただけだよ」


 彼女って言葉出すよりかはまだこっちの方がいいだろう。

 しかし、俺が適当に答えると大森は眉をしかめて憂鬱そうな顔をする。


「露骨に嫌そうだな……」

「だって、妹に間違えられたってことは、私と先輩が似てるってことですよね? なんだかちょっと複雑な気持ちになります」

「似てる似てないってよりお前は距離が近いんだよ」

「そうですか?」


 自覚ないのかこいつは。


「あんまりべたべたしてると変な勘違いされるぞ」

「べたべたってこんな感じですか」

「おい、だからくっつくなっての」


 大森は俺に近づいて、身体を密着させてくる。

 ふわりとした甘い香りと、柔らかい感触が腕に伝わる。


「これぐらい普通ですよ。それとも私のこと意識してるんですか?」

「ばっか、ちげーよ」


 俺は逃げるように距離を取り、しっしと大森を払う。


「ふふっ、冗談ですよ!」

「あのなぁ……」


 楽しそうに笑う大森に、俺は今日一番の疲れが体を襲う。

 なんでこうも振り回されてんだろうな。


「先輩っ」

「あ?」

「今日は楽しかったですね」

「……まぁ、それなりにな」

「もう素直じゃないんですから」


 うるさいなとぶっきらぼうに、俺は黙って駅に足を踏み入れる。

 なんだかんだ騒がしい休日も終わりを迎えようとしている。

 そしてふと思うのだった。


 都会もイケイケな女子の相手も疲れるな……と。


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