第22話 癒し可愛い先輩は僕を成仏させる
詩織先輩と雑談をしながら歩いていると、あっという間に美術室の前までたどり着いた。
幸せな時間というのはあっという間で、体感20秒ぐらいに感じた。
まぁ、自販機のある昇降口から真っすぐ歩いて右手の校舎に入れば、目の前に美術室あるんだけどね。
「ただいま~」
詩織先輩がガラガラッとドアを開けると、室内にいた女子生徒達の視線が一斉に俺達へと向けられる。
文化祭前という事もあって、みな一様にしおり先輩同様つなぎを着ており、それぞれキャンパスや紙に向き合っている。
『今日もみんな頑張ってて偉いな~』と感慨深いものを感じていると、近くにいた1年生らしき部員の女の子から『また来たよ、この人』みたいな目で見られた。あれ? 俺ってあんまり歓迎されてない?
「あ、おしりおかえり! ちょうど良かった! ちょっとこっち来てくんない?」
一人の女子生徒が詩織先輩を見つけるなり、手招きをする。
「え、どしたの?」
「いや~それがね……」
そう言うと、彼女は困り顔を浮かべながら、部屋の隅にあるイーゼルに立てかけられたキャンバスに目を向けた。
そこには、何色もの色が重ねられ、見る角度によって様々な色合いに変化する美しい風景画が描かれている。
「うわ、綺麗」
思わず漏れ出たような感想。
俺はそんな詩織先輩の言葉に共感する。
絵に関しては素人なので上手く表現できないが、とにかく圧倒される絵であることは間違いなかった。
「ほんまに? うち的にはもう少し色味を加えたいんやけどな……っておしりの彼氏おるやん!」
「違います。ただの後輩です」
俺は間髪入れずに否定する。
「あはは~ごめんて、相変わらず冗談通じひんな~。それにしても久しぶりに来たんちゃう?」
ケラケラ笑いながら謝ってくるのは、美術部の部長である
関西弁が特徴の陽気な先輩で、見た目もギャルっぽい。
詩織先輩とは正反対の属性に見えるが、二人は昔からの付き合いらしく、親友のような関係らしい。
「そうっすね、生徒会が忙しくて……。マネージャーなのにサボっててすみません」
「いやいや美術部マネージャー募集してへんから! まぁ、せっかくだしゆっくりしていきぃや。お茶出すし」
仲宗根先輩はそう言って立ち上がると、近くに置いてあったポットを手に取る。
「あ、いやちょっと用事があって来ただけなんで大丈夫っす」
「用事って、おしりに会いに来たんやろ? おしりも寂しが――」
「わーーー! わーーー! しゃらーっぷ!!!」
身長差を埋めるためか、つま先立ちの詩織先輩が仲宗根先輩の口を塞ぐ。
「むごっ!? お、おひり……」
「と、とりあえず白のペンキだよね!? 待ってて、ちょっと取ってくるから! あと、千夏は人の前で私のこと『おしり』って呼ばない!」
「ふぁーい。ちぇっ、かわいいのに……」
仲宗根先輩は不満げに返事をすると、そのまま大人しくなった。
それを見て詩織先輩は準備室の方へ小走りで駆けて行く。
「相変わらずっすね、先輩も」
「せやろ? だっておしりからかうのおもろいねんもん」
「はぁ……ほどほどにしてあげてくださいよ」
俺が詩織先輩の肩を持つような発言をすると、仲宗根先輩はあらまぁと口角をあげる。
「なんや、優男アピールか? あ、そや。待っとる間、おしりの絵でも見るか?」
「いや、勝手に見たら怒られるんじゃ……」
「ええからええから。……あ、でも今日おしりあれか、文化祭で売るやつ作ってんのか」
「あぁ、そういえば文化祭で物販するらしいですね。何売るんですか?」
「ちょっとした小物やで。まぁ、見せた方が早いか」
そう言って仲宗根先輩は机に置いてあったキーホルダーを手に取り、俺に見せてくる。
それは、デフォルメされた猫のキャラクターがプリントされており、可愛く出来上がっていた。
「おぉー可愛いっすね」
「やろ? こんな感じの小物とか、あとはポストカードとか売るねん。ちなみにこれはおしりが作ってるやつやで」
「いや、別にそこまで詳しい情報はいらないっすよ」
「まぁまぁ、あとこれ400円やから。それと、なんと! 取り置きもできます! 欲しい人はうちまでどうぞ!」
「宣伝じゃねぇか」
俺は呆れ気味にツッコみを入れる。
この人が将来、路地裏とかで悪徳な商売してるおばちゃんにならないことを祈ろう……君は悪い何かに取り憑かれておるな、とか言って幸運の壺とか買わされそうだし。
「てなわけで、買ってくれたらおしりも喜ぶで!」
「はぁ。まぁ、考えときます」
「ちょっとー! 何見せてるの!?」
俺がため息まじりに答えていると、後ろから詩織先輩の声が聞こえてきた。
振り返ると、顔を赤くしながらこちらに向かってくる彼女の姿が目に入る。
「ありゃ、見つかっちゃった」
「もう、恥ずかしいからやめてよ!」
「まぁまぁ、そんなに怒らんといてや。ほら、これあげるから」
仲宗根先輩はポケットから飴玉を取り出すと、詩織先輩に手渡す。
「なにその子供扱い!? そんなんで許さないよ!? ……って、あ、ごめん。待たせてたんだよね。はい、これペンキ」
詩織先輩は俺の手を掴むと、缶を手渡してくる。
「ありがとうございます。後、余計なお世話かもしれないですけど、キーホルダーめっちゃ可愛いですね。また余ってたら買いに来ます」
「ほんと!? なんかごめんね……でもありがと!」
詩織先輩は嬉しそうに笑うと、ギュッと俺の手を握りしめ、ブンブン振ってくる。
あ~やばい成仏しそう。
「じゃあ、俺戻りますね」
「うん、またね~」
俺は手を振る詩織先輩に軽く会釈をし、その場を離れる。
奥では仲宗根先輩がニヤニヤしていたが、あえて視線を逸らした。
そして背を向けたところで一つ決心する。
――絶対この手は洗わない。 と。
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