第21話 癒し可愛い先輩ほど完璧で無敵な天使様はいないと思う

「先輩、私はカルピスが飲みたいです!」

「なんでお前は俺が自販機に行くと当たり前のようについてくるの?」


 なに? ピク〇ンなの? 投げ飛ばしていいか?

 もはや見慣れた光景か、俺が大森に100円を手渡すと、彼女は笑顔を浮かべながら、カップ式自動販売機にお金を入れる。


 ゴゴゴゴゴッという音と共に、紙コップに注がれていくカルピス。

 その様子を大森は目を輝かせて眺めている。子供か。


「5.4.3.2.1……でっきたぁ~!」


 パカッと開かれた取り出し口から満面の笑みでカップを取り出すと、大森は早速グイッと一口飲む。


「ん~美味しい! やっぱり仕事の後にはこれが一番ですね」

「いや、お前ポッキー食ってただけじゃん」


 そう言いながら俺もコーヒーとおつかいで頼まれた午後のミルクティーを購入する。てか午後のミルクティー500mlのペットボトルしかねぇのかよ……。


 軽くなった財布をポケットにしまい、俺はプルタブを開けながらベンチに腰掛けた。

 学校の決まりで缶とカップを校舎内に持ち込むことは禁じられているため、この場で飲んでいくしかない。


 そういや、いつぞやの放課後もこんな感じでこいつに飲み物奢ったっけか。


「あ、そういえば先輩、私無事に青葉先輩に渡せましたよ」


 大森は俺の隣に座ると、思い出したかのように話しかけてくる。


「なんの話?」


 俺がはてなと首を傾げると、大森は「はぁ……」と深い溜息をつく。


「なんで忘れてるんですか、誕生日プレゼントですよ! 先週一緒に買いに行ったじゃないですか」

「あー」


 今日だけで色々ありすぎてすっかり頭から抜けていたが、そんな話もあったな。


「あ~って……普通あそこまで手伝ってくれたなら、結果とか気になりません?」

「その言い方だと上手くいったみたいだな」


 人間誰しも失敗事や後ろめたい話は自ら人に話そうとしないものだ。

 例えば、テストで赤点取ったりだとか、部活を急に辞めたりとか……まぁ、どっちも俺の話なんですけどね。部活の件は親にめっちゃ怒られたけど、テストに関しては未だ机の引き出しの奥底で眠っている。


「上手くいったかどうかはわからないですけど……青葉先輩すごく喜んでくれました」

「それは良かった。これで、後は告白だけだな」

「ふぇ!?」


 俺の言葉に大森は顔を真っ赤に染める。


「ま、まだしないですよ! それに青葉先輩他の女の子からもプレゼント貰ってましたし、多分まだ私のことそういう目で見てくれてない気がするんですよね」

「なーんだ、俺にあんだけ言っといて怖気づいてんのか? それに文化祭だぞ? あいつモテるし先に取られてもしらねぇからな」

「そこは大丈夫です。私が見る限り、青葉先輩に女の気配は無いので。それに最悪奪えばいいじゃないですか」

「こえーな、おまえ……」


 小悪魔とかそんなレベルじゃない。魔王軍幹部ぐらいなら余裕で倒せるんじゃねぇかと思うくらいの悪どい顔してた。

 まぁでも、大森に話す気はないが青葉もまだ彼女は作らないって言ってたし、もう少し距離を詰める時間があってもいいか。

 それにこいつは放っておいてもなんだかんだ勝手にやれそうだし、問題はもう一人の方なんだよな。


「あれ? 慧君?」


 俺が空き缶を捨てようと立ち上がると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ……詩織しおり先輩」


 振り返るとそこには黄色のつなぎを着た、我らが天使の詩織先輩がいた。


「こんにちは!」


 無敵の笑顔に俺の心臓も高鳴る。

 相変わらず可愛いなこの人は。もはや完璧で天才なアイドル様だろ。

 早くこの愛おしさを全世界に発信するべきだと思う。もちろん僕がファンクラブ会長な!!!


「先輩、顔キモいことなってますよ……」

「あっ、やっべ……」


 ごみを見るような目を大森に向けられ、俺は咄嗟に口元を隠す。


「こ、こんにちは先輩。久しぶりっすね」

「うん! 久しぶり! 生徒会頑張ってる?」

「ま、まぁ……なんとか」

「そうなんだ、偉いね!」


 そう言うと、詩織先輩は優しく微笑む。


「せ、先輩なにか飲みますか? 俺、奢りますよ!」


 俺が慌てて財布を取り出すと、詩織先輩は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「え!? いいよいいよ! 自分で買うから!」

「遠慮しないでください! ほら、何飲みます? ヤクルトですか? コーヒー牛乳ですか? あ、乳酸菌サイダーってのもありますよ!」

「なんか選択肢に悪意ない!? じゃ、じゃあ……お茶で」

「わかりました!」


 俺は自販機に小銭を入れ、ボタンを押す。

 ガコンッという音と共に、ペットボトルの茶が落ちる。

 俺はそれを取り出し口から取ると、そのまま詩織先輩に差し出した。


「はい、どうぞ。少し取り乱しましたけど、後輩からの差し入れってことで受け取ってください」

「あ、ありがとう。優しいね、慧君は」

「いえ、とんでもないです。それで、詩織先輩は休憩中ですか?」

「そうなんだよ~もう絵描くの疲れちゃってさ……ちょっと外の空気吸いに来たの」


 そう言って先輩はぐっと大きく伸びをする。ちっちゃいけど。


「大変そうっすね」

「ほんとだよ~。あ、でもそっちも文化祭の準備で忙しいんでしょ?」

「まぁ、ぼちぼちって感じですよ」

「そっか。お互い頑張ろうね」


 そう言いながら詩織先輩は大森に視線を向けると、にっこりと笑みを浮かべる。


「ところで、隣のその子も生徒会の子? それとも慧君のかの――」

「後輩っすね」


 詩織先輩の言葉を遮るように俺は即答した。


「後輩ちゃんってことは1年生ってことか~。私は3年の桜詩織さくらしおりです。よろしくねっ」

「あ、えっと。1年の大森唯おおもりゆいって言います。こちらこそよろしくお願いします」


 大森はペコリと頭を下げると、詩織先輩の顔をじっと見つめる。


「ん? どうかしたかな?」

「あ、いえ。いつも先輩からお話を聞いてたので、初めて会った気がしないなって」

「ちょ、お前なに言っちゃってんの!?」

「あ、すみません。つい本音が」

「別にいいんだけど、誤解を招く発言は控えてくれませんかね?」

「あはは、二人は仲良しさんなんだね!」

「「全然そんなことないです」」


 俺と大森の声が重なる。


「はぁ……あ、そういや俺たち今から美術室に行こうとしてたんですよ」


 話を変えるように俺はペンキの空き缶を詩織先輩の前に見せる。


「え、そうなの? ペンキって美術室から借りてるんだっけ?」

「生徒会長が言うにはそうっすね」

「ほへー、じゃあ私も飲み物買いに来ただけだし、一緒に行こっか」

「はい、お言葉に甘えてそうします」

「よし、じゃあしゅっぱーつ! ……すぐそこだけど」


 元気よく拳を上げる詩織先輩を先頭に、俺たちは後をついていく。

 すると、大森が俺の隣に並び、耳打ちしてきた。


「(詩織先輩可愛いですね)」

「(だろ? やらんぞ)」

「(いや、さすがにその発言は私でも普通に引きますよ……というか先輩絶対好きなのバレてますよあれ。あんな露骨な態度してたら誰でもわかりますって)」

「(ばっか、だから好きじゃないって)」


 俺の先輩に対する気持ちはあくまで憧れであって、恋愛感情ではない。

 そ、そりゃ可愛いと思うし、あんな人が彼女だったら俺も胸張って『青春してる!』って言えるけどさ。

 でも、あくまで先輩は先輩でそれ以上でも以下でもない。

 ジュース奢ったのだって好感度をあげたいとかそういう下心があったわけじゃなく、そうだな……強いて言うなら、そう『推し活』だ。

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