第31話 転校生の宏太

1学期の終業式での抜き打ち頭髪検査。その後の強制五厘の恐怖。その記憶を胸に、勇一は2学期の始業式に備えて、前日に床屋でしっかりと整えた丸刈り頭で教室に足を踏み入れた。


初日の朝の会の壇上に現れたのは、転校生の宏太だった。自己紹介のために前に出される彼の姿に、全ての生徒の視線が集まった。均整の取れた顔立ち、長身でスリムな身体、そして、まだ丸刈りにしていないあの長い髪。見るもの全てに、羨望の眼差しを向ける勇一。


しかし、静まり返った教室で一人の男子から飛び出した質問が、勇一の心を揺さぶる。「先生、宏太君は丸刈りにしないんですか?」一瞬、教室内は緊張に包まれる。確かに宏太の転入は夏休み中。西中の新しい制服も間に合っているし、校則についての説明も受け、床屋に行く時間だってあったはずだ。しかし、彼の頭には依然として長い髪がたたえられている。


それに答えたのは宏太本人だった。「するよ、丸刈り。今日、床屋に行くつもりなんだ」そう言い放つ彼に、教室は一瞬、驚きの後、拍手が湧き上がった。それに呼応するように、勇一の胸も躍った。あの長い髪が地面に散る光景、切り落とされる瞬間の苦痛に歪む美しい顔を、実は少なからず期待していたのだ。


しかし、その反面で、自身が嫌だと思っている丸刈り校則を、これから経験する彼に対し、なぜ楽しみに思ってしまうのか。そんな矛盾した感情に襲われ、勇一は自己嫌悪に陥った。


翌日、勇一が教室に入ると、宏太は見事に丸刈りになっていた。髪の長さは3ミリ。「ようこそ、坊主ワールドへ!」とクラスメイトたちが声をかけ、笑顔で頭を触っている。それに対し宏太も、「びびっちゃったよ。店のおっちゃんが、いきなり真ん中からバリカン入れてきてさ!」と、前日の出来事を興奮気味に話す。


そんな中で、未だに丸刈り校則を受け入れられず、クラスメイトたちとの溝を感じている勇一の心情は重かった。宏太が新しい環境、新しい自分を自然体で受け入れ、クラスにも受け入れられているのを見て、勇一は羨ましさを感じていた。その一方で、彼の丸刈りの美しさに意識が引かれ、その美しさがどのように生まれたのか、宏太の断髪の瞬間を見たかったと感じていた。


その夜、勇一の頭の中には床屋の情景が浮かぶ。「転校生かい? かわいそうだけど...」と店主が言いながら、宏太の頭にバリカンを走らせる。そこに生まれた一筋の青々とした道。その線を目にした瞬間、勇一の興奮は絶頂に達し、宙に浮くような感覚で、暗闇の中目を覚ました。


起き上がった勇一は、体の一部が汗とは違う不自然な湿り気を帯びていることに気付く。その異変を感じた彼は、自分が穿いていたパンツに手をやった。そして静寂の中、ベッドから抜け出し、眠る家族を起こさないように静かに廊下を進むと、洗面所で、その濡れたパンツを洗濯かごの一番下へとそっと押し込んだ。


頭の中で宏太のバリカンシーンがぐるぐると駆け巡り、早鐘のように鼓動が鳴り続ける中、勇一は次の日、学校で宏太と再び顔を合わせるとき、どう振る舞うべきかを真剣に考えていた。

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