第43話 宏太のスキンヘッド

病院のベッドで勇一が目を覚ましたのは、事件から数時間後のことだった。頭が重く、まるで水中に沈んでいるような感覚だ。頭部に感じた違和感から手を伸ばして触ってみると、そこには包帯が巻かれていた。病室の窓から差し込む夕陽が眩しく感じられ、自分が地に倒れていく感覚と、宏太の怒りに満ちた姿が思い出された。


「勇一、目が覚めたのか?」


その声に振り向くと、そこには光輝の姿があった。小学校の頃の彼とは違い、前髪を上げておでこを出した清潔な髪型になっていた光輝は、背は10cm以上も伸び、大人びた雰囲気をまとっていた。


「光輝…」と声を絞り出すと、光輝は安堵の表情を浮かべ、勇一のベッドの横に座り込んだ。「宏太は?」勇一が口を開くと、光輝は一瞬、どう答えればいいのか困ったように見えたが、すぐに「ああ、あの子か。大丈夫だ。ケガはないらしい」と伝えた。


勇一はほっと胸を撫で下ろしたが、光輝の顔には何か気になる表情が浮かんでいた。「ただ…」光輝は言葉を慎重に選んでいるようだった。「ただ何?」勇一が問い掛けると、光輝は口を開いた。


「あの子が殴った相手、ケガがかなりひどかったんだ。肋骨を何本か折って、まぶたを6針も縫ったらしい。呼吸も一時的に困難になって、救急車で運ばれた時には、一時は集中治療室にいたとか…」


その言葉に、勇一の心臓はドキリと鳴った。「そんな…」と声を絞り出すしかなかった。瞬間、視界が揺らいだ。意識が遠のきそうな感覚に、彼は再び深呼吸を始めた。


翌日、退院した勇一は、頭に包帯を巻いたまま学校へ戻った。その姿はさぞかし異様だったろうが、周囲の目を無視して教室に向かった。しかし、その教室には一人、宏太の姿だけがなかった。部活の仲間から聞けば、何と彼は停学処分になったという。


それを聞いた勇一は、授業を抜け出し、慌てて宏太の家へ急いだ。玄関をノックすると、出てきたのは何とスキンヘッドになった宏太だった。その姿を見た勇一は、「僕のせいだ、ごめん」と謝罪した。宏太は驚くほど落ち着いて、「いいんだよ、勇一が攻撃されるのを見ていられなかったんだ」と言った。


部屋へ移動すると、宏太は昨日のうちに罰として教師に剃られてしまったというその光る頭に手をやり、「髪なんてすぐ生えてくるから。それに触ってみろよ、ほら、意外と柔らかいんだぜ」と笑った。そして、「見た目はまあ、最悪だけどな」と明るく続けた宏太に、勇一は思わず「宏太の魅力は見た目じゃなくて、中身だよ」と口に出した。


「中身か…」宏太は、何か遠い思い出に触れるかのように遠くを見つめた。勇一はその様子が少し気になったが、宏太はすぐに表情を整え、話題を変えた。「連休明けにまた頭髪検査があるからな。みんなに坊主合戦の続行をお願いしてくれ」そしてさらに、「1年生にとっては初めての頭髪検査になるから、去年の強制丸刈りデーの話も伝えて、ちゃんと髪を整えるように呼びかけてほしい」


勇一はその宏太の言葉に頭が下がる思いだった。自分のことで十分に苦しんでいるはずなのに、宏太はやはり他人のことを思いやっていた。勇一は心の中で、改めて宏太の強さと優しさを感じた。

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