第24話 小学生時代の髪
暮れゆく街灯の下、帰宅した勇一が家の前にある自販機に買い物に出た時、ちょうど床屋から帰ってきた尊文が勇一の姿を見つけて、ニヤリと笑いながら近づいてきた。彼はその切りたての頭を、「見てみろよ、これが新しい髪型だ。カッコいいだろ?」と、いつものように自慢してくる。
勇一は適当に「うん、そうだね」と返す。だが、心の中ではこの髪型を選べない自分の立場に苦しみを覚えており、それ以上の言葉を発するのが辛かったのだ。
尊文は勇一のその言葉を聞くと、すっと腕を伸ばし、勇一の丸刈り頭を軽く撫でた。拒否する隙もなく、それを許してしまう勇一。そして尊文は少し遠い目をして、「お前、本当にこれから3年間丸刈りなんだな。かわいそうだな」と言った。その言葉は、一瞬、勇一の心を打った。
そんな言葉が、尊文から出るとは思わなかった。尊文はいつも自分の髪を自慢していて、勇一の丸刈りを見ても一切同情しなかった。それがなぜか今は違う。それは尊文が本当に同情してくれているのか、それともいつものように自分をからかっているだけなのか。勇一はその真意を見極めることができなかった。
その夜、勇一は奇妙な夢を見た。床屋の店内で、彼は尊文が髪を切っている隣の席にいた。しかし、なぜか店主の持つバリカンは、勇一ではなく尊文の髪に向かっていた。ハッと気づいた勇一は、店主を止めるため駆け寄ろうとする。しかし、時間が止まっているかのように彼の動きは遅く、バリカンが尊文の頭に触れる前に止めることができなかった。
「やめてください!」と勇一が声を上げた瞬間、バリカンの鈍い音が店内に響き渡った。尊文の頭から髪の束がバサっと舞い落ち、その頭の真ん中には、そこだけが青く短く刈り取られた丸刈りの道ができていた。
その恐ろしさに、勇一は即座に鏡に目をやる。しかし、その鏡に映っていたのは尊文ではなく、小学校時代の長い髪の、額の中央部分だけが剃られた勇一自身の姿だった。背後から尊文の声が聞こえてくる。「やっぱりお前には坊主がお似合いだな」その言葉に、勇一は身震いしながら目が覚めた。
目覚めると、勇一の頭皮は汗で湿っていた。ひどく喉が渇いている。彼は台所に水を取りに行こうとベッドから起き上がろうとしたが、脚に力が入らず、床に崩れ落ちてしまう。その瞬間、彼の右手が何かに触れた。目を凝らして見ると、それは、絨毯の毛に絡まりながら落ちている、小学校時代の自分の10センチほどもある長い髪の毛であった。
「あっ…」勇一はそれを手に取り、しばらく眺めた後、指で撫でて、その懐かしい感触を楽しんでいた。その髪は、自分が自由に髪型を楽しんでいた日々の象徴だ。そして、その日々がもう二度と戻ってこないという現実に、勇一の胸は一層苦しくなる。
勇一は、その髪の毛を保存しようと決めた。引き出しからセロテープを取り出し、その髪を下敷きに貼り付ける。毎日の坊主生活が辛いと感じる度に、この髪の毛を見て過去の自分を思い出す。そう決めた勇一の瞳には、かつての自由への深い悔恨と、未来への不安がにじんでいた。
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