第20話 丸刈り免除の伶司

入学式を終え、体育館から教室へと戻る途中の勇一の目に飛び込んできたのは、丸刈りの海の中でひときわ目立つ、新入生なのに丸刈りにしていない男子生徒の姿だった。それを見たとき、勇一は驚きで一瞬固まり、何が起こっているのかをすぐには理解することができなかった。


少し落ち着いた雰囲気のある端正な顔立ちの彼。清潔に整えられたその黒い髪は暖かな春の光をやわらかく反射しており、彼の存在全体が一種の輝きを放っている。勇一は、その美しさに思わず見とれてしまった。


やがて勇一は周囲から、その生徒−−伶司れいじが桜野西小から来た生徒で、幼少期の事故による頭部の傷のため、丸刈り校則を特別に免除されているのだと聞きつけた。勇一は直感的に「ずるい」と思った。だがその思いはすぐに複雑な感情に変わった。


たしかに、彼は丸刈りにしなくても良い特例を得ている。だがそれは同時に、周囲から異質な存在とみられ、その耳に届く嘲笑や侮蔑の目を一人で受け止めながら己を貫くという苦境に立つことを意味していた。そして、たった一人でそれに立ち向かうことを選んだ彼の勇気ある決断に、勇一は胸が締め付けられる感情を覚えた。


しかし教室に戻って、西小出身の男子たちが翔陽小出身の男子に「あの子って、かっこいいから坊主にしたくなくて、嘘ついてるって話もあるんだよな。事故とか傷とか」と話しているのを耳にしたとき、勇一の心は激しく動揺した。


伶司が本当に事故で傷を負ったのだとしたら、それは深く哀れなことだ。しかし、もし彼が嘘をついているのならば、それは不公平極まりないことだし、絶対に許せない。自分の丸刈りに対する葛藤と、彼の美しい姿に引きつけられる自分自身の感情の間で戸惑いを覚える勇一は、やがて夜ごとに繰り広げている尊文へのバリカン妄想を、一瞬だけ彼へと転じる。


後ろ手にされ、なぜかロープで椅子に縛りつけられた伶司。その前髪が勇一のバリカンの一瞬の動きでバッサリと刈り落とされると、その前頭部には500円玉大に脱毛した大きな傷が現れる。


力づくでロープをほどき、慌ててその部分を手で隠した伶司が、怒りと驚きで目を見開きながら「何すんだよ!」とその端正な顔を歪めると、勇一の妄想は消え去り、胸にはただ自己嫌悪だけが残った。どうしてこんなことを考えてしまうのだろう、勇一は自分自身を責めていた。


やがて勇一は、ホームルームで配られた生徒手帳を手にする。そのまっさらなページを開くと、頭髪の規則の欄には「男子は丸刈りとする」と、短く書かれていた。そのたった9文字の文言が彼の3年間の運命を封じ込める鎖であることに気づいた彼は、溢れそうになる感情をグッと呑み込む。


この9文字がなかったら、どんなに自由だっただろう。そう思うと、彼の胸はチクチクと痛み出す。何度も何度もその文字を見て、ページを指でなぞるうちに、彼は手帳が突然重たくなったような錯覚を覚えた。それは、勇一がその9文字に感じた心の重荷を、手帳自体の物理的な重みであるかのように感じたためであった。


驚きつつも、彼は深く息を吸い込み、手帳をゆっくりと鞄にしまった。

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