第21話 智之の剃厘
ある日の教室。勇一は、その手に配られた証明写真の中の自分を見つめていた。写真に写る彼の顔は淡々としていて、何の感情も持っていないように見えた。
入学式の日に撮られたその写真は、彼が丸刈りにしてから初めて撮った写真だ。かつて自分の頭にあった黒い髪の毛はどこにもなく、代わりに光沢を放つ頭皮が広がっている。改めて客観的に見た丸刈りの自分は鏡で見るのでは分からない歪んだ頭の形をしており、左右均等でない不細工な生え際のラインに、勇一は少しばかり消沈した。
決められたサイズにそれを切り取り、丁寧に生徒手帳に貼り付ける勇一。他の子よりも短い丸刈りで入学してしまったあの恥ずかしい日の写真が、これから3年間、この手帳にずっと残り続けることを思うと、深いため息が出る。
入学して以降、勇一は、放課後や休日に街を歩いたとき、野中の生徒と居合わせることに激しいストレスを感じていた。同じ街で育ち、同じ小学校で過ごしてきた彼らは、今でも小学校時代と変わらない、自由な髪型で生活している。彼らの髪は風になびいており、学校から解き放たれ、その自由を楽しんでいるように見えた。
一方で勇一たち西中の生徒たちは丸刈りで、それを隠すために帽子を深く被っており、学校以外でも常に自分が校則に縛られていることを自覚せざるを得ない。この不自由さと束縛感は彼の心を苦しめ、野中の生徒たちが遊んでいる公園を横切ることさえためらってしまっていた。
まだ始まったばかりの3年間。それは一体どれだけ長く感じられるのだろう、と彼は思う。しかし、逃げ出すことはできず、ただ我慢するしかないのだ。
ゴールデンウィークを前にした最後のホームルームで、担任が「連休明けには頭髪検査があります。休みの間も皆さんは西中生です。行動には自覚を持ってください」と言った。勇一は先生のその言葉を聞いて、胸がぎゅっと締め付けられる感覚を覚えた。
連休が始まったばかりのある晴れた日、勇一は家族と共に遊園地にやって来た。そこで遭遇したのは、同じ翔陽小出身で、今は野中に通っている友人の
智之の姿を見た瞬間、勇一は息を呑んだ。彼の頭は真っ白に透けるほど青く、それがこんがり日焼けした顔と対比して、何とも不思議な光景を作り出していた。その変わった姿に一瞬、勇一は驚きと共に心臓が高鳴る感覚を覚えた。
「ほら、勇一。見てみ」と、智之がにっこり笑いながら頭を見せつける。「え、何で…?」勇一は驚きを隠せなかった。
智之は「中学でも水泳部に入ったんだ。野中水泳部の伝統で、入部したら、5月の大会前に全員が剃厘になるんだよ。俺、これ、すごく楽しみにしてたんだ。だから、中学に上がったら絶対に剃るって決めてたんだ」と朗らかに言った。
勇一は智之の言葉を聞きつつ、自分とは全く違う彼の価値観に驚愕した。自分は望まぬ校則で嫌々丸刈りにされているのに、彼は自分の意志で剃厘になることを選び、それを楽しんでいる。智之と別れた後、遠くにある観覧車を眺めながら勇一は、選択の自由がどれほど価値あるものかを改めて感じるのだった。
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