第36話 じゃんけん坊主
冬の足音が聞こえ始めたある日、勇一はテレビ画面に映し出された「じゃんけん坊主」なる番組に目を奪われていた。シンプルながらもスリル溢れるその番組のルールは、参加費10万円を払った100人がじゃんけんトーナメントを戦い、優勝者には1000万円の賞金が授与されるというもの。しかし、敗者たちにはその場でバリカンで坊主頭になるという制裁が待っていた。
出演者たちは、それぞれが1000万円を得るための情熱を胸に秘め、番組中ではその理由をインタビューで語っていた。そして、その中の1人、肩にかかるロングヘアの男性に、勇一の目は釘付けになる。カフェを開きたいという夢を熱く語っているその男性の長い髪は、華奢な肩のラインと整った鼻筋、深い瞳、柔らかそうな桃色の唇を持つ彼の中性的な美しさをより一層引き立てていた。
しかし、トーナメントが進むにつれ、男性は残念ながら敗退。男性は敗北した瞬間、表情が一瞬硬くなり、その後無言でバリカンの前に座った。その澄んだ瞳には、一抹の寂しさが浮かんでいた。彼の髪は絹のように美しく、そのしなやかさは端正な顔立ちとも相まって、まるで彫刻のような魅力を放っていた。
そんな彼の美しい髪を、バリカンの冷たく無情な刃が容赦なく削ぎ落とす。五厘刈りにセットされたバリカンが額の中央を軽快に走ると、スタジオからは大きな悲鳴と歓声がとどろき、その髪は、まるで黒い雪のように静かに床へと落ちていく。彼の頭から解き放たれた髪が、照明の下でふわりと舞う姿は、何とも美しくも切ない景色であった。
あの豊かで美しい髪が、ただの床の埃になってしまう。その変わりゆく姿を目の当たりにした勇一は、呆然とそのシーンを見つめ続けた。それは美しいものが破壊されていく光景を見るようで、なんとも言えない感情が勇一の胸を締め付けた。しかし、男性が丸刈りにされた後の姿は、予想以上にも引き締まった顔立ちが一層際立って見え、勇一にとってはなぜかそれが、髪の毛がある時よりも美しいと感じられたのだ。
一連のシーンが終わり、司会者にクリクリと五厘頭を撫でられる彼の表情のアップと共に番組がCMに入った瞬間、何とも言えない感情が勇一の胸を駆け巡り、熱い血流が身体の一部に集まっているのを感じた。衣服に包まれたそのものの形状は彼が思ってもみない変化を遂げており、彼は自分がただテレビを見ているだけなのに、なぜ身体がこんな反応するのか、一瞬戸惑った。
その晩、自室のベッドで頭から布団を被った勇一の心情は混沌としていた。自身の身体がこんな反応を示したのはこれが2回目。宏太が転校初日に床屋で丸刈りにされるという夢を見たときと、さっきのテレビで美しい男性が丸刈りになるところだ。彼自身も理解できぬ反応が勇一の心を悩ませていた。
こんなこと、誰にも言えるわけがない。こんな恥ずかしいこと、親にも友達にも相談できない。自分はおかしくなってしまったのか。無邪気に楽しそうにしている同級生たちとの間に境界線があるように感じ、彼は自分だけが別の世界に取り残されたような寂しさを抱いていた。彼の孤立感はより一層深まっていった。
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