第29話 あの神輿を担げたら
「転校だって?」小学校卒業を間近に控え、心踊る勇一。なんと、父が来年度から曙市への転勤が決まったらしい。「やった! 丸刈りにしなくていい!」彼の心は歓喜に満ちていた。
中学校の入学式。周りは全て見知らぬ顔ばかりだが、丸刈り校則を逃れられた喜びがあるから、新生活の不安など感じない。同級生たちと話す勇一。「飛鳥山市から来たんだ。もしそこで中学に上がってたら校則で坊主になってたんだよ」と明かすと、戦前の学校かよ、とそれを笑う同級生たち。勇一も一緒に笑う。
席に戻った勇一は、自分の机に長い髪の毛が一本落ちているのに気づく。それをつまみ上げて見つめる。「何だろう?」そんな疑問が浮かんだ瞬間、髪の毛の束が勇一の手のひらにどさっと落ちる。何が起きたのかと驚く勇一が自分の頭に手を伸ばすと、そこには五厘頭の自分がいた。「うわあああ!」教室に響く叫び声。と、同時に目が覚めた。
夢から覚めた勇一は、枕に頬を埋めていた。ああ、やっぱり丸刈りだ。彼の心はその現実を受け入れつつも、夢の中の自由な自分を思い出し、なんとも言えない苦さと切なさで満たされてた。
8月、夏祭りの熱気が町を包む。勇一は西中の中学生神輿を担ぐことになっていた。夜の灯りが町を照らす中、祭りの喧騒が勇一の心を揺さぶる。法被を着た彼の姿は、神輿を担ぎ、練り歩く人々と一体となっていた。空気は蒸し暑く、人々の汗と歓声が混ざり合っている。そんな中、勇一の視線はある一点に固定されていた。それは、野中の神輿を担ぐ少年たちだった。
彼らの頭に揺れる髪が汗と灯りで潤んで見え、その姿はまるで煌めくように感じられた。ただの濡れ髪だが、その自由さが勇一にとっては眩しく、同時に心を刺す。その一方で、西中御輿を担ぐ自分たちの頭は坊主頭。その対比に勇一は、いつも以上に自分が置かれた状況が理不尽に思えてくる。
野中のやつらは何も制約されていない。自分の髪を自由に伸ばせる幸せを持っている。髪が顔に張り付くほど汗をかいても、それさえ羨ましく感じる。なぜ自分だけがこんなに短い髪にされているのか、なぜ自分だけがこんなに制約を受けているのか。その疑問が心を締め付け、祭りの喧騒の中でただひとり静かな悔しさを味わっていた。
小学生の頃から毎年見てきた光景だったが、今回は違った。自分が西中御輿の一部となり、それを担ぐ立場になると、なんとも言えない悔しさが湧いてくる。自分が野中神輿を担ぐ側であれば、あの法被を着ることができれば、それは現実には叶わない夢だ。
さらに、彼に追い討ちをかけたのは、並みの容姿の男子たちまでもが、長髪を許されているという事実であった。これまで尊文や光輝、いとこの拓也や西中で丸刈りを免除されている伶司も、その美しい容姿で長髪を誇示している姿は何度も目にしてきた。
だが、その彼らと同じように、普通の少年たちまでもが自由に長髪をなびかせているのを見ると、勇一の心はより一層崩壊していく。容姿には恵まれているという自覚があるのに、尊文たちとは違い、自分だけが丸刈りであるということの不公平さに、心の底から悔しさと惨めさを感じるのだった。
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