第12話 長髪での卒業式
卒業式の朝、勇一は西中の学ランに初めて袖を通し、自分の姿を鏡に映した。身につけているのは中学校の制服でありながら、頭の上には小学生時代を象徴する長い髪がある。それはある種の違和感を感じさせるコントラストだった。
学校に行くと決めた彼の目には覚悟があった。しかし、その心の奥深くには、まだ少しの怖さと緊張が残っていた。非難の目に晒されることへの不安は、彼の心の中に依然として存在していた。
息を吸い込み、勇一は家を出て学校へ向かった。普段なら自動的に脚が進む道のりも、今日ばかりは彼にとって大きな挑戦に感じられた。長い髪を後ろに流し、見知らぬ自分の姿に勇気を振り絞り、彼は前進した。
彼はふと、学ランに丸刈りの西中生徒と、ブレザー姿で長髪の野中生徒の2人組が通りを渡るのを目にした。勇一の視線がまず捉えたのは、西中生徒だった。頭頂部がまるで天を突くように剥き出しになり、そこには悲壮感が漂っているように思えた。
一方、野中生徒は風に揺れる長い髪と、身体のラインに沿ったスマートなブレザーが印象的だった。髪の束一つ一つが繊細に風に舞い、時折日の光を反射し、彼の晴れやかな気持ちを示しているかのようだった。ブレザーはスリムで洗練されており、野中の独自性と、自由な校風を象徴してるようにも見えた。
いよいよ教室に着いた勇一。不安と緊張で胸が張り裂けそうだった。だが、周りからは思っていたほどの非難の声は上がらなかった。クラスメイトたちは遠巻きに見ているだけで、誰も直接何も言ってはこなかった。誰もが固唾を呑んで彼の姿を見つめている。
さらに驚いたのは、尊文すら何も言わなかったことだ。勇一の姿を見つけると、彼の表情は面白くなさそうに歪んだが、それ以上何も反応を示さなかった。これまでの尊文ならば、きっと自分をからかったり、あざ笑ったりしていただろうと思っていた勇一にとって、それは新たな驚きだった。
その時、勇一は理解した。みんなもまた、自分と同じようにこの状況に戸惑っているのだと。全てが予想外の静寂に包まれ、勇一は立ち尽くすしかなかった。自分の姿が教室の中で異彩を放つ様を、彼はしみじみと感じていた。
そんな中、西中の制服に包まれ、長い髪のままの光輝が登校してくる。「光輝、その制服…」勇一が言うと、彼はにっこりと笑い、肩をすくめた。
「うん、急に転校が決まったから、野中の制服が間に合わなくてさ。だから、今日だけ西中の制服だよ」と言いながら、光輝は自分の学ランを見てみせた。
それを見た勇一は、つい笑ってしまった。「僕たち、かなり浮いてるよな」という勇一の言葉に、光輝がその長い髪に目をやると、彼はただ穏やかに微笑んだ。それは、言葉を超えた理解と共感を感じさせるものだった。その微笑みは、勇一にとって、沈黙の中にある励ましと受け入れの象徴だった。
「髪の毛、切らなかったんだね」
光輝が言ったその一言には、どのような非難も含まれていなかった。それは、ただ、純粋な事実への認識、そして、その選択を尊重する意思の表明だった。
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