第11話 どうして僕だけが
その日の夜、ベッドに入った勇一は、なかなか眠ることができず、時計の針が進むのをただじっと見ていた。彼は何度も自分の髪の毛を撫でたり、引っ張ったりして、入学までに奇跡的に丸刈り校則がなくならないものか、などと、叶わない夢を願っていた。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
時間が過ぎるにつれ、彼の心はますます落ち着かなくなっていった。彼は、自分がどうしてこんなに髪の毛にこだわっているのか、自分自身に問いかけていた。しかし、自分が髪を切りたくない理由をはっきりと説明することはできず、ただただ不安と焦燥感に苛まれていた。
勇一は目を閉じて、明日の卒業式を想像した。全校生徒が集まる体育館で、西中の制服を着ているのに1人だけ長い髪の自分の姿が、やけに浮き立って見える。名前が読み上げられ、彼がステージに上がる時の、クラスメイトや先生たちからの視線。その視線が彼を刺し、勇一の自尊心を削ぎ落とす。
尊文の顔が浮かび上がる。彼の表情は冷たく、その目は裁く者の目だ。他のクラスメイトたちも同様に、彼に厳しい視線を送る。彼らの目には、勇一が坊主になるべきだという期待と、それを裏切った彼への失望が映っている。彼らはきっと、自分に非難の言葉を投げかけるだろう。野中の生徒たちだけではない、西中の生徒たちからも、きっと厳しい批判をぶつけられるはずだ。彼はその言葉に耐えることができるだろうか。
勇一は寝巻きのまま家からそっと抜け出し、足元を照らしながら尊文の家へと向かった。月明かりが街を静かに照らし出し、冷たい風が微かに吹き抜けていた。彼の家から向かいの尊文の家までの距離は、たったの13歩。しかし、3年間の丸刈りと長髪の運命を分けたその道を渡る13歩は、揺れる勇一の心には遥かに重く、遠い道のりに思えた。
勇一は、尊文の家の前まで来ると、彼の部屋の窓を見上げた。明かりが消え、カーテンの閉まった部屋。しかし、その部屋の中には、勇一が持つことのできなかった安堵と安心感が溢れているように感じた。
彼はその窓を見つめながら、心の中で妬みを爆発させた。「なぜ僕だけが丸刈りにしなければならないんだ? 尊文は何の問題もなく、普通に中学生になれるのに」
彼はその不公平さに悔しさを感じ、涙がこぼれそうになった。しかし、彼は自分を強く持ち直し、それを我慢した。「泣いても何も解決しない。だから、我慢しなければならない」彼はもう一度尊文の部屋の窓を見つめ、自分の心の中の妬みを封じ込め、静かに家へと戻った。その道のりは13歩だったが、勇一にとっては、それが死刑囚が絞首台へと歩むような、重たい、避けられない運命を感じさせるものだった。
部屋に戻った勇一は、ベッドにただ横たわって、明日の恐怖に身を委ねた。瞼の裏には、非難と嘲笑のシーンが再生され続けた。彼の心は恐怖に囚われ、その中で彼はひとり、無力感と絶望感に包まれていた。明日を迎えるためには、その恐怖に立ち向かわなければならない。しかし、その恐怖が彼を追い詰め、彼はただ、目を閉じて、明日が来るのを待つことしかできなかった。
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