第34話 坊主合戦

強制丸刈りデーの過酷な体験は、西中1年生男子たちの心に強い決意を生み出し、それは「もう二度と、あんな思いはしたくない」という共通の認識となって広がっていった。そして、その結果として生まれたのが、坊主合戦というムーブメントだった。


坊主合戦とは、男子生徒たちが自主的に互いの頭髪を監視し、髪の長さが気になると教室で即座にその髪を切るという動きだった。休み時間になると教室は一瞬にして簡易的な理髪店と化し、誰かが家から持ち込んだバリカンが威力を余すことなく発揮し、その独特な音は休み時間ごとに部屋全体に響き渡っていた。


勇一のクラスの生徒たちはこれを、決して球技大会で敗北した後のノリの五厘のような気軽さで進めるイベントではなく、真剣に、そして全力で自分たちの頭髪を管理する行為として捉えていた。そのため、多くの生徒がこの活動に参加し、自分の髪が少し伸びてきたと感じると自発的に髪を切ってもらうよう申し出る者もいた。中には、家から床屋代をもらって、それを節約するために学校で髪を切るという生徒もいた。


そんな中でも、特に活動的だったのが宏太だった。彼は髪の長い生徒に声をかけ、積極的にバリカンを握っていた。勇一も時々その声を受けていたが、自分の髪を他人に任せることには抵抗があったため、その提案をかわし続けていた。それでも、断ったからといって無理矢理切られることや、雰囲気が悪くなるようなことはなかった。ただ、「僕はいいよ」と何度も拒否を続けるうち、周囲からは少しずつ遠ざけられ、やがては声をかけられることすらも減っていった。


勇一は、この坊主合戦で何度も目にした宏太の熱心な行動に思索を巡らせた。なぜ彼はこんなにも熱心に、自分や他の生徒の髪を切るのだろう? 勇一は、強制丸刈りデーの日の宏太の姿を思い返していた。


あの日彼が、自分の髪を自分の手で刈ったのは、自分の身体については自分で決めるという意志を示すためだったのではないか。そして、生徒たちが共通の辛さから逃れるために互いに協力するという坊主合戦の精神に心から共感し、他人を思いやり、自分以外の誰かのために行動するという崇高な意志が、彼をその行動に走らせているのだろうか。


しかし勇一の頭によぎったもうひとつの可能性。それは、宏太が単に他人の髪を刈ることを楽しんでいるのかもしれないということだ。


もしかすると、宏太はあの日、自分の髪が無理矢理五厘刈りにされるという辛さから、他人の髪を刈ることに対する興奮や満足感を見つけたのかもしれない。だとしたら、宏太も自分と同じ人間で、同じ感情を抱く者として親近感を感じることができる。


だが、確かなことは何も分からない。宏太との関係はまだ浅く、彼に直接尋ねる勇気もない。勇一は、自分と宏太の間にある溝を感じていた。転校初日に自身が丸刈りになった宏太がすぐにクラスに馴染んでいたのに対し、自分はまだ馴染めずにいた。だから、宏太から話しかけられるまでは自分から声をかけるつもりはなかったのだ。

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