第20話 宝塚記念配信 その1

「うん、初めての競馬だよ。ずっと見てるのは見てたんだけどね」


 画面の向こうで彼女はコメント欄からの質問に答えている。現在時刻は2時30分ごろ、発走まではまだまだ時間があるようだ。


 最近のソシャゲの影響からか、Vtuberのファン層にも競馬というスポーツは浸透しているらしく、同説もまだレースのかなり前だというのに8千人程度はいる。


 普段配信していない変則的な時間ということも加味するならば、かなり集まっていると言ってもいいかもしれない。そんな中、そろそろ買い目を発表しないかというコメントを拾った彼女はその発表に入る。


 画面では画像をすでに用意しているようで何やら設定をしばらくいじった後、彼女は自身に満ち溢れた様子で買い目の発表に入った。


「じゃあ、そろそろ買い目の発表でもしよっか」


 そう言って彼女は画面の中で表示されている買い目発表という文字の書かれた大きな動画素材を下にずらしていく。隠れていた部分から、徐々に文字が表示される。


 一行目には、本命◎エクイノックスの文字。


『さすがにね』

『まあそうなるか』

『結局対抗が問題』


 多少コメントが流れるスピードが速くなったものの、コメント欄も特に驚いた様子はなく、次の行に書かれるであろう文字に関心を集めているようだった。


 そして、注目の二行目、少しずつ、じらすように文字が現れ、注目の対抗馬が画面に現れる……ことはなく、二行目は空白であった。


『じらすね』

『はよ』


 そして、三行目の頭が見えそうになった時、彼女はにやりと笑った後に一気に画面の下まで素材をずらし、全ての情報を公開した。


「じゃーん。エクイノックス、単勝77万7千7百円でーす」


『は?』

『草』

『ワロタ』

『コスパ悪くね?』

『ていうか初めてで77万て』

『七奈(777)ナナ(7)ってか』


「そうなの縁起いいでしょ。七奈ナナだけに。ほんとはもう一桁増やしたかったんだけど流石に許可は下りなかったよ」


『当り前だろw』

『吉本じゃないんだから』

『競馬で事務所が潰れるWWW』

『頭おかしい』

『面白いけど。当たっても大した配当にならなくない?』


 俺もコメントと全くの同意見であった。賭けている金額だけならば某競馬芸人に匹敵する金額であるものの、彼女は彼の10分の1も稼げてはいないだろう。おそらく、youtubeだけの収益でも勝てていない。そう思うと、彼は本当に一体いくら稼いであるのか、同時にギャンブルなどをほとんどしない彼の相方が一体いくらの財産を持っているのか。そんな関係のないことまで考えてしまう。


「というわけで、私は単勝一本勝負。77万円を107万円にします。皆も応援しやすいでしょ。エクイノックスだけに注目すればいいんだから」


『初心者にやさしい』

『お財布に厳しい』

『エクイノックスの不安要素まとめ:【URL】』


「ちょっと、コメント、不安になるようなもの流さないで」


 買い目の発表が終わり、コメント欄はやや落ち着き始めていた。俺はそのうちに掲示板の方を見ようとそちらのモニターに目をやる。いつものような様子かと思いきや、結構面白いことになっていた。


0233 なななな名無し 2023/06/25(日)

『1.4倍に単勝全ぶっぱはアホやろ』


0234 なななな名無し 2023/06/25(日)

『初心者がでかく当てるからこれしかないやろ。賭けた金額が金額やし結構話題になりそう』


0292 なななな名無し 2023/06/25(日)

『エクイノックス単勝買いまくってオッズ下げまくろうぜ。俺1万入れた』


0301 なななな名無し 2023/06/25(日)

『一点やから100円から推しと同じテンションで楽しめるんか。ええな』


 こちらでは案外単勝一点勝負に関しては比較的好意的な意見が多く見受けられた。確かに、初心者がワイドや3連単3連複など名前だけでは何がどうなれば勝ちになるのか分からないような賭け方も多い。その点、選んだ馬が1番でゴールすれば勝ちというわかりやすいルールの単勝を買ったのはきっと正解なのだろう。


 ただ、この勝負は超ハイリスク、ローリターンなバトルになる。と言ってもどのような展開であろうが世界最強馬に負けのビジョンが見えないのも事実。俺は未成年で競馬ができないが、心の底からエクイノックスを応援することにした。だって当てたら凄い配当金でいいもん買ってもらえそうだし。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 そんなことを考えていると画面の向こうで姉が叫んでいた。馬に何かあったのかと思い地上波の競馬番組に目をやったが特に何も起こっていたいようだった。


「オッズ……下がってる」

 彼女は先ほどまで1.4だった単勝倍率が1.3に更新された掲示板を悲しそうに見ている。


 ああ、何だそういうことか。確かに彼女にとってはかなり痛いだろう。当たった場合に貰える金額が7万円以上減るのだから。


『ごめん。俺が勝ったせいかも』

『穴馬買います』


「いや、そういうのは流石にいいって私たちでどうこうできない金額が動いてるんだから、自分が来ると思った馬を買お。もちろん私と同じ買い方でみんなで楽しんでくれてもいいし」


 本当に彼女の配信のリスナーは優しい人が多い。初めて故のいくつかのアクシデントもあったものの、ウマたちが騎手を乗せてパドックに入り始めたようで、いよいよレースが始まるんだという期待は大きく高まっていた。





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