第8話 姉の事務所のVtuber その5
三人で食事を終えて店を出た後のことだった。
「どうする。二人とも家に帰るの?」
「うん!二人で帰るよ~」
「私の家、ここから近いんだけど。寄っていかない?」
「それなら、俺は遠慮しておきますね」
連絡先の交換すら断ったというのに、有名女性配信者、それも姉の同事務所のVtuberの部屋になんかお邪魔できるわけがなかった。
「え?なんで?」
「トラブルの種はできるだけ避けたいので」
「大丈夫でしょ。お酒とかはもう飲まないつもりだし」
「大丈夫。大丈夫。一緒に行こうよ。優くんと一緒じゃないと私帰れないかも」
姉はあれから結構な量を飲んでしっかり酔っ払っていた。今もメイさんに肩で支えてもらっている。
「それなら明日酔いがさめてから帰ってきなよ。明日は休日だし夜の配信まで暇でしょ?」
「ええ~?さみしい」
酔っている彼女を見ることはほとんど経験がなかったが、でかい声を張り上げながら面倒な絡みをしてくる彼女は新鮮だったがシンプルにうざかった。
「わたしもさみしい~」
「何でですか、二人ともいつも一人でしょ……」
なぜか姉に便乗してダルがらみをしてくるメイさん。わかってやってる分この人の方がタチが悪いかもしれない。
「じゃあさ、うちにメイちゃんが泊まるのだったらどう?」
「良いね。行くよ〜」
え?家が近いからって話じゃなかったの?というツッコミは放棄した。酔っ払い二人をまともに相手するのは非常に骨が折れる。
「別に良いんじゃないですか?俺は終電までには帰るんで、勝手にしてください」
「「は〜い」」
ヘナヘナな二人は楽しそうに電車に乗った。ちなみに時刻は夜の8時過ぎ、まだまだ夜は長い。
♢
酔っ払い二人(といってもメイさんは明らかにふざけているだけでたいして酔ってはいない気がする)を何とか部屋まで連れてくると何だかどっと疲れてしまった。といっても俺は直接的に何かをしたわけでなく姉というおもりを持って歩いたメイさんの方が数倍疲れていると思う。
とりあえず、姉はソファに寝かせておいてメイさんに飲み物を聞く。水でいいと言われたので冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一応三人分入れた。
「部屋、きれいだね」
「まあ、俺がたまに掃除してるので」
「さすが」
そんな雑談をはさみながら猫みたいに丸まっている姉を二人でのんびり眺める。酒が好きなのに強くない人は面倒だなと思う。
「あ、忘れてた」
「どうしたんですか?」
「今日、私とナナちゃんの歌動画の投稿日だったわ」
「あ」
そういえばそうだった、初めはそれの件だろうという予想をしていたことを俺もすっかり忘れていた。動画の投稿時間は夜の九時から。時計を見ると、後五分ほどで始まるようだった。
「ツイートとかした方がいいんですかね」
「いや、大事なのは予約投稿でいれてるから大丈夫だと思うけど、ファンの反応はリアルタイムで確認しておいた方がいいと思うってだけかな。私もナナちゃんもあんまり直接いいねとかはしないから大丈夫だよ」
「そうですか。だったら良かったです」
「ていうかあの状態だったら何もできなくない?」
泥酔、酩酊、を絵にかいたような姿の姉を見てメイさんは笑っていた。
「一応、俺のスマホでナナのアカウントにログインできるんで最悪なんとかできますよ」
「なにそれすごい。DMからオフパコとかできないじゃん」
「……してるんですか?」
「…………冗談じゃん。顔怖いって。そんなに怒んないでよ」
「DMとかプライバシーが関わるものは見てませんよ。そもそもマネージャーもログインしてますし、そういう誘いは裏垢でしょ」
「詳しいね。やっぱりやってるんじゃない?」
「普通に考えればわかることですよ」
メイさんの冗談か冗談じゃないのかよくわからない発言を適当に受け流して、一応スマホで軽くこれからの動画についての反応を調べる。ツイッターはやっぱり好意的な反応が比較的多くてこちらも嬉しい気持ちになる。
「せっかくだしプレミア公開二人で見ようよ。テレビって触っていい?」
どうぞ、というと彼女はyoutubeを開いて動画を開いた。ちょうど、画面にはカウントダウンが表示され始めていた。寝転んだ姉を二人で挟むようにしてソファに座る。姉の頭はメイさんの太ももの上に乗っていて、丁度膝枕のような形になっていた。
今回の曲は流行りの曲のカバーである。主にTikTokなどで流行り始めた曲らしいがyoutubeでもよく聴くのでメロディーくらいは知っていた。実際に歌った二人を横にして(といっても一人は別の意味で横になっている)曲を聴くのは妙な感じがした。
カウントダウンが終わって曲が始まる。スピーカーからの音はスマホで聴くよりもずっと音が立っていて聴き心地がいい。動画の二人のアバターもかわいらしく、原曲のMVをベースに上手いアレンジがなされていた。
何よりも二人の歌が上手い。というかメメの歌が上手かった。初めのパートのメメの歌唱力で惹きつけられた。ナナは歌が決して上手いほうではないので、バランスが悪いような気がしたが、しっかりとバランスの良いリミックスがされていて全く気にならない。ナナの特徴的なかわいい声質とメメのかっこいい声がマッチした曲のサビは素晴らしいの一言だった。そんなこんなで曲は一瞬で終わってしまった。
「どう?」
曲が終わった後、メイさんはこちらを見てどや顔をしていた。
「すごかったです。正直、思ってた以上でした」
「嬉しい。ありがとう」
「あれ?私の声がした気が……?なんで歌ってんの?」
完全に寝ぼけているようなナナはよくわからないことを言っていた。
姉のことは無視して、二人の曲の感想を色々と伝えると、あのパートはいくつかのパターンで撮った、だったり、レコーディング中にやってしまった失敗だったり、いくつか今後の配信で話したいと言っていた裏話を聞かせてくれた。
そんな話をしていたら、メイさんは突然。
「ねえ。歌いたくなってきた、二人でカラオケ行かない?」
なんて提案をしてきたのだった。
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