第7話 姉の事務所のVtuber その4
長い間姉弟をしているからだろうか。肉を食べているうちに、姉さんがお酒を飲みたそうにしているのがなんとなくわかってしまう。
「飲みたいなら飲んでいいと思うよ」
「えっ?いいの」
あまりにも早い反応に、メイさんが苦笑いしていた。
「うん。そもそも飲むなとは言ってないし。ほどほどにって言ったじゃん」
「そっか、そうだよね」
「姉さんは何かと極端なんだよ。一人で飲むのはアレだけど、友達と飲むくらいなら別にいいと思うよ」
「あー、一人で飲んでやらかした感じなのね」
メイさんが横からそう言った。
「まあ、そうですね。飲んでなくてもやらかすんですけど」
メイさんと俺は二人で笑った。姉は恥ずかしそうに下を向いている。
「じゃあ、頼もうか。何が飲みたい?」
「同じ奴がいい」
そんなやり取りがあって、姉もお酒を飲み始めた。彼女が飲んでいるところを直接見る機会はなかったので、何だか変な感じがした。彼女がもうとっくに大人である(18歳で成人なので)ことは理解していたが、やっぱりなんとなく慣れない。
「ちょっと飲んでみる?」
俺が姉を見ていると、飲みたいと勘違いされたのかメイさんが自分のグラスを渡してきた。
「いや、飲みたいわけじゃないので大丈夫です」
「そっか、奈々子ちゃんが飲めるなら君も飲めると思うんだけどな……」
メイさんは飲んで欲しそうにしていたが、姉の付き合いで未成年飲酒なんて万が一バレるととんでもないことになりそうだから、絶対にできない。
「お酒飲むからぶどうジュースもう飲まないんだけど、優くん飲む?」
最初に注文した飲み物はメイさんが赤ワイン、姉がぶどうジュース、俺がジンジャーエールだった。彼女がそう言って差し出したグラスには半分くらいのジュースが残っている。
「まあ、最後に余ってたら飲むよ」
「わかった。じゃあここに置いておくね」
それを聞くと姉はグラスを俺の手の届く範囲で適当に置いた。
♢
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
しばらく二人の会話が続いていたころ、姉がそう言って席を離れた。メイさんと二人きりになると何だか緊張してしまう。同級生ですら女子と二人きりになることなんてめったにないのに、それこそ俺の周りの女なんて姉と母くらいのものだ。
「二人きりだね。なんだかいけないことしてるみたい」
メイさんは二人きりになった途端、色っぽい声でそんなことを言いはじめる。
「冗談でもやめてください」
「ごめんね。かわいいからついからかっちゃうの」
少し酔っているのか、彼女は初めよりも幾分か饒舌になっているように思えた。
「奈々子ちゃんって真面目ですごくいい子だね」
「そうですかね」
「この業界って私みたいな社会不適合者も多いでしょ」
「別に、メイさんはそんな風には見えませんけど」
「私、朝起きれないから会社辞めてるんだよね」
「…………」
パッと返せる言葉が見つからなかった。そういう人間は俺の周りにはいなかったから、笑っていいのか分からない。
「信じられないでしょ。でもそういう人が世の中にはいっぱいいるの。それでたまたま運が良かった人が引っかかって、こうやってかろうじて生活を送れる。あの子は純粋でいい子だけど、だからこそ危うい気がしてね……まあようするに心配なの」
俺は彼女の言葉を黙って聞いていた。
「こんなこと言っていいのか分かんないんだけどさ、奈々子ちゃんにお酒勧めたのも大学の友達じゃなくてこっちの人だと思うんだよね」
「そうなんですかね?俺には分かんないですけど」
流石に姉の友人関係をすべて把握しているわけではないので確実なことは言えないが、メイさんの言っていることには説得力があった。
「まあ、大丈夫だとは思うけどさ、こういう活動してると何があるかわかんないから君が気を配ってあげてね」
「それは分かりました。心に留めておきます」
「それと直接は関係ないんだけどさ、私と連絡先交換しない?何か相談とかあったらさ、聞いてあげられると思うんだけど……」
「すみません。そういうのはマネージャーさん以外にしないように決めてるので」
「そっか、残念」
そんな話をしているうちに、姉が戻ってきた。
「二人で何話してたの~?」
という彼女の発言に対して
「「秘密」」
と二人の言葉がハモった。
「いつのまに、そんな仲良くなってんのよ」
なんて言いながら嫉妬の目を向ける姉はかわいかった。
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