第6話 姉の事務所のVtuber その3

「メイちゃん、もうついてるんだって」

「メイが本名なの?」

「知らないけど、外ではそう呼んでって言ってたから」


 駅のホーム、姉はスマホでメッセージを確認してそう言った。集合場所は駅の南改札口らしい。


「私も奈々子ちゃんって呼ばれてるから」

「それは本名じゃん」

「まあ、そこから取ってるからね」


 そんなたわいもない会話をしながら待ち合わせ場所へ、そこそこ広い駅であったが慣れているのか迷うようなことはなかった。


「あ、見つけた。あそこ」


 そう言って彼女が指をさすと、向こうもこちらに気づいたようで手を振ってくれた。黒のVネックブラウスにブラウンのスカートを着た、背の低い女性だった。髪はショートヘアで、内側に紫色のメッシュが入っている。耳にはピアスをしているのが見えた。少し濃い目のメイクで気の強そうな印象を受ける。姉よりも年上というか、ずっと大人っぽく見えた。


「ごめん、待った?」

「いや、全然。今来たとこだよ」


 配信で聞いていた声よりも少し低い声だった。かっこいい女性だ。ナナに比べると女性ファンも多いと言われていたが、確かにこれは納得する。中の人は見えなくても、アバターを通して確かに印象は伝わるのだろう。


「そっちは弟くん?来てくれてありがとね」

「全然、むしろ呼んでいただけて光栄です」

「私お酒飲みたいんだけど、飲み屋よりはお肉とか食べれるお店の方がいいよね」

「俺はどっちでもいいですよ」

「奈々子ちゃんは?」

「私もどっちでもいいかな?」

「じゃあ、お肉で。そっちの気分だから。ちょっとだけ歩くけど良いよね?」


 同意した俺たちはメイさんに二人でついていった。飲食店が集まるエリアまでは、話すことが見つからなかったのだが、この辺の美味しい店の話だったり、最近話題のゲームやアニメの話まで、色々な話題を提供してくれたので話が止まることはなかった。


 やはり二人とも仕事柄なのか、流行りというものに関しては俺よりもアンテナが優れているようで、これから伸びてきそうなものの話の中には俺が全く聞いたことのないものもいくつかあった。


「ここ、シュラスコがおいしいんだ。知ってる?あの串に刺さった肉を切って食うやつ」

「ああ、見たことはあります。でも、食べたことはないですね」

「そう。だったらよかった。ここのやつ美味しいから。絶対好きになるよ」


 そう言って三人で店に入る。店内は少し混んでいたが、ピークにはまだ少し早いからか並ばずに席に着くことができた。四人席で、姉と俺が隣、メイさんが姉の正面に座る。


 お水が来たのでそれを少しだけ口にする。メニューを開いたが何も分からなかったので、メイさんが勧めてくれたものからよさそうなものを選んだ。姉も俺とは別だがメイさんが勧めてくれたものを選んだ。


「お酒は飲む?奈々子ちゃんは成人してたよね?」

「いや、ちょっと最近控えてて……今日はやめておくね」

「どうしたの?まだ飲み始めてから1年もたってないでしょ?」


 酔っ払って弟にパンツと胸元さらけ出しました、とは言えないようだった。配信では裸族だのおっぱいだのセンシティブなことをわりと話すのに、現実ではシャイなのはわが姉ながらかわいいというか、面白いというか。まあ、変わった人であることは確かだ。変わった人の方が配信で伸びる、といえばそうなのかもしれないが……


 彼女は見てわかるくらい顔を赤くしている。メイさんはそれだけで何かわかったような顔をして


「まあいいか、別にお酒なくてもおいしいしね。私は飲むから飲みたくなったらいってね」


 注文がまとまってメイさんが店員を呼んだ。オーダーを終えた後、メイさんが姉さんに話を振る。


「話には聞いてたけど、本当に弟くんと仲いいんだね」

「そうだね。まあ、昔からずっとだよ」

「はい。喧嘩とかほとんどしたことないですね」

「へー。うちは二つ上に兄貴がいて、もう働いててあんまり会うこともないんだけど、ずっと仲良くはなかったから、二人が羨ましいよ」


 二つ上の兄が高卒なのか大卒なのかにもよるが、彼女は一体何歳なのか少しだけ気になった。場合によってはインターネットにはVtuberの前世が判明している場合もあるが、俺はその様なサイトを好んで見ることはなかった。せいぜい、ナナの中の人が割れていないかのチェックをする程度だ。未だに『よくわかりませんでした』の結果ばかりが表示されるので、ただ表示回数を稼ぎたいアフィリエイトサイトのくだらなさにあきれる。


 そんな話をしているうちに、先にお酒が届いた。「お先に失礼」と一言声をかけた後、少しだけ回して香りを確かめる姿は様になっていた。多分、飲みなれているのだろう。


「結構飲むんですか?」

「まあね。昔からだよ。二十歳の時は飲みすぎて倒れたこともあるくらい」

「強いんですか?」

「飲んでるうちに強くなった。慣れだよ」


「いいなー、おいしいお酒とか教えてほしい」

「止めてるんじゃなかったの?」

「飲むこと自体は好きだよ。ただ、ちょっとね……」

「ふーん、まあ飲みやすいのは___」


 お酒の話になると姉が食いついた。お酒にまつわる話は未成年の俺にはよくわからないが、楽しそうに話していたので良かった。俺はあくまでおまけなのだ。二人が盛り上がっているうちに、注文していた料理が届き始める。分厚い肉を切り分けるパフォーマンスは見ていて楽しいものだった。

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