第22話 料理配信 予行 その1

 競馬配信からちょうど二週間たった日曜日、姉は何かの用事で自宅に帰ってきていたようだった。


「料理配信やってみようかな」


 俺がソファに座っている時、隣で彼女はひとりごとのようにそう言った。


「ほら、前もちょっとだけ言ったじゃん。私って結構ずぼらなイメージがあるから、家事とかもできなさそうって思われてるの。でもほんとはできるわけだし、ここらでイメージアップを図っておきたいなって」


 彼女は前回の競馬配信がバズった影響で、徐々に緩やかになっていたチャンネル登録者数の伸びが再び勢いづき始めていた。それによって新規の視聴者もそこそこ増えて増えていた。イメージアップというのにはそのような背景もあるのだろう。


「でも料理配信ってどうすんの?手元とか映すイメージなんだけど」


「それなんだよね。やっぱり一番怖いのは映り込みでさ。まあ機材で映しながら料理するのも不安なんだけど」


 映り込み。画面に映されたものの反射から本人の顔が映りこんでしまう事故。今までも何人もの配信者が映り込みの事故を起こし、そのたびにまとめサイトなどで拡散されてきていた。特に前世などもない姉にとっては映り込みは致命的な事故になりうるだろう。


「マネージャーさんに料理配信の話したら料理の道具とかは反射しにくいものを買ってくれるらしいんだけど、それでもやっぱり心配でさ。だから平日のどこかでうちにご飯食べに来てくれない?」


「……分かった。俺は別にいつでもいいから、日付決めたら連絡して」


 特に断る理由もなかったのであっさりと、俺が姉の家で手作りの料理を食べに行くことが決定した。


 姉から連絡が来たのはその日の夜のことだった。『火曜日にうちに来て』というメッセージが一件。俺は『了解』という短い返信をした。



 学校を終えたその足で姉のマンションに訪れると彼女は既にエプロンをしていて、料理の用意が一通りできているようだった。時間はまだ5時前といったところで、まだ食事の用意を始めるには早いような気もする。


「なんか気合い入れるためにエプロン買っちゃったんだけど配信じゃ見えないよね」


 といって彼女は笑っていた。キッチンに立つとそれっぽい感じになっているのはやたらと料理の器具が出ているせいだろうか。片付けが苦手な彼女に多くの調理器具を持たせるのはあまり良いことではないように思う。


「カメラの位置って多分この辺がいいよね。でもこれで料理ってだいぶやりにくそう」


 胸元くらいの位置にカメラを固定してまな板が真上から見えるようなアングルで撮影をするようだ。彼女が料理配信をしたいと言った後、実際にいくつかの料理配信を見た感じではそのアングルが一番多かったように思えた。


「カメラの映像テレビで見れるようにしておいたから、なんか気づいたことあったら教えて」


 テレビをつけると彼女が設置したカメラの映像が画面に表示される。動画でよく見た画角だが、キッチンの方に目を向けると固定されたカメラの影響でいつもの姿勢では手元が見にくいようで悪戦苦闘している姉の姿があった。


「とりあえずカメラの移りはそれでいい?揺れとか気にならないかな」

「特にないね。でも、かなりやりにくそうだね。料理」

「まあ、それなりにやりにくいけど。そのうち慣れるでしょ」


 姉はとりあえずの準備を終えたようでエプロンを脱いでリビングの方へやってきた。おつかれ、と声をかけると、まだ何もやってないよ、と返される。


「手袋をして配信する人もいるらしいけど、私はいらないって言っちゃった。さすがに手から特定されることなんてないよね」


 そういうと彼女は手を俺の前に差し出した。いままでしっかりと他人の手を見たことがなかったので、それがどれほど特徴的なのか分からないが、手荒れなどもなく手入れされたきれいな手だと思った。


「別に大丈夫じゃない?綺麗な手だよ」


 なんて思ったことを言うと姉は少し照れたような表情を見せた。しっかりと観察するために無意識に手を握ってしまっていたことに気づき、しかしそれを悟られないようにできるだけ自然に手を放す。


「そう、ありがとう。じゃあ、素手でやろうとおもう。手袋ちょっとやりにくかったし」


 いつもは積極的に目を合わせに来る姉にしては珍しく、目をそらしたままそう言った。なんだか妙な空気になってきたので話題を変えようと、なんの料理をするつもりなのかと尋ねることにした。


「話変わるんだけどさ、配信では何を作る予定なの?」

「はっきりとは決めてないんだけど、現状ではオムライスにする予定」

「じゃあ、今日作るのもオムライスってこと?」

「そうだね。そうする予定で材料もそろえてるよ」

「作ったことってあったっけ?」

「一人の時に作ったことはあったけど、食べてもらったことはないかな。まあ、そういうのも理由の一つではあるよ」


 なんだか意味深な気もしたが、あまり深くは聞かないことにした。

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