第18話 バッティングセンター

 スマバーの配信以降、俺は流石にナナの配信がある日に行くことはないにしろ、スマバーをするために姉のマンションに行く回数が有意に増えはじめていた。


 そんな理由があって、平日の木曜日に姉のマンションのリビングで、ゲームを始めようとしていると姉から声をかけられた。


「ねえ、今からバッティングセンター行かない?」

「え?なんて?」

「バッティングセンター」

「バッティングセンターって野球の?」

 スポーツなんて普段ほとんどしないような姉からそのような単語が出てくるとは思わず、俺は思わず聞き返した。


「今度野球ゲームの配信したいなーって思ったんだけど野球のルールよく知らなくてさ。ある程度覚えておきたいの」

「いや、ぶっちゃけゲームやってた方が覚えられると思うよ。俺も大まかなルールはゲームで覚えたし」


 これは本当のことだった。俺もバッティングセンターなんて小学生低学年くらい小さい時に父親に連れて行ってもらって以降、一度も行ったことがなかった。まともにボールがバットに当たることはなく、全く楽しくなかった苦い思い出だけが残っている。


「そうなんだ。でも監督になって甲子園目指すゲームだから、実際に経験してないと話に説得力が出ないんじゃないかなーと思ってさ」

「一回のバッセン通いで説得力がつくなら全国の球児は説得力のかたまりになっちゃうよ」

「屁理屈ばっかり言わないでよー。1と0だとやっぱり変わってくるじゃん。お願い。お小遣い上げるから、女子一人でバッティングセンター行って空振り連発は恥ずかしいの」

「えー、空振りする人が二人に増えるだけだよ……」

「それでもいいの。いいから行こう」


 そんなこんなで、突然マンションから連れ出され、俺は姉と人生で二度目のバッティングセンターに向かう羽目になった。


 最寄りの駅から二つ隣の駅に目的のバッティングセンターはあった。普段から通学で通り過ぎている駅の近くにそのような施設があるとは全く知らなかった。少し古びた外観で、木曜日の夜ということもあってかあまり人はいなかった。一組だけ、野球部だろうか、ガタイのいい高校生たちが入り口から遠くの打席で速い球をカンカンと鋭い打球音を鳴らして打ち返しているのが目についた。


 コイン買ってきたよ。姉が打席に入って球を飛ばすために必要なコインを購入して俺のところへやってきた。


「ねえ、どっちから先に打つ?」

「どっちでもいいけど、誘ったのは姉さんなんだから先に打てば?」


 そんな短いやり取りの結果、先に姉がバッターボックスに入ることになった。もちろん初心者なので一番ボールの遅い80㎞のものに入る。コインを入れた後、ピッチングマシーンが動き出し、球が射出された。


「きゃっ」


 とてもバッティングセンターに誘った人間とは思えないひどいスイングだった。全くバットにボールが当たる気配はない。タイミングが合っていないうえにバットの軌道もボールのそれに対して全く合っていない。


「もっとボールをよく見て」

「そんなこと言われても……うわっ」


 そんなこんなで、奇跡的に一球だけバットの上部にボールがかすめてファールになっただけで、それ以外の球はすべて空振りという結果に終わった。


「当たらないもんだね~」

「初めてはそんなもんでしょ」

「じゃあ、経験者はどんなプレーを見せてくれるんでしょうかね~楽しみで仕方ない!!」

「それ、俺にわざとプレッシャーかけてるよね」

「バレた?」


 姉はそう言って俺に向けてわざとらしく舌をちろりと出した。これに反応すると弟として負けの気がしたので、見えないように後ろの方にやった手で太ももの裏をつまんでにやにやしないようにした。


 そんな茶番もはさみつつ、いざバッターボックス。当たり前だが、小学生の頃ここに立った時よりもすべてが小さく見えた。成長した俺のスイングスピードも申し分ない、これなら案外楽に打ててしまうのではないか?俺は自信満々に大谷翔平のようなバットの構えをする。(姉が打っている間にこっそりフォームの確認をしていた)


 俺の自信は一球目を空ぶった時点で打ち砕かれてしまった。俺は大谷翔平にはなれない。それを確信させられた一球だった。その後も何球かは大谷翔平のモノマネのようなバッティングフォームだったのだが、あまりにも下手くそだったので、他の知っている野球選手の真似をしようと思った。ただ、俺が野球選手のことをほとんど知らず、ぱっと思いつくような選手がいなかった。そんな時、昔たまたまネットサーフィン中に見かけた、外国人選手が頭の上でバットを構えている変なバッティングフォームが頭の中に浮かんでしまった。


 俺は恥ずかしいと思いながらも頭に思い浮かんだポーズを取る。


「どうしたのその構え」

「ワンチャンこっちの方が当たるかもしれないじゃん」


 そう言った瞬間に飛んできたボールにスイングを合わせると。


 カーン


 芯にあたった気持ちのいい音ではなかったものの、姉にできなかった前に飛ばすということができた。それからも、急にミート率が向上し、最後の一球はカキーンと気持ちのいいセンター返しを打つことができた。


「優くん、野球上手いじゃん。構え方面白いけど」

「昔の外国人のフォームが奇跡的にあってたみたい」

「私も次はやってみようかな」


 そう言って姉は腰を揺らしながら頭の上でバットを持つフリをした。正直、ダサい。まあ、そんなことは置いておいて、向こうの方でガギーンと凄まじい打球音を鳴らしネットまでボールを飛ばしている集団がいることを気にしなければ、初心者にしては大満足の結果だった。


 ただ、あの構えでバッティングをするのは、恥ずかしいので、次にバッティングセンターに行くまでには、かっこよくて当たりやすい最適なフォームを見つけたいと思った。


_____

【あとがき】

ちなみに優が参考にしたのは元楽天のブラッシュです。

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