第4話 姉の事務所のVtuber その1

「以上、今日の配信は永目ながめメメちゃんとの初めてのコラボ配信でした。メメちゃんのチャンネルで二人歌った曲出すからよろしくね~」


『乙』

『おつー』

『乙』

『100回聞きます』



 姉のマンションに行ってから三日後に当たる、今日の配信は(俺の話題がなかったという意味で)何事もなく終了した。初めてのコラボということで気を使ったところもあるのかもしれない。配信が終わった後の連絡も珍しくなかった。永目メメの中の人と話でもしているのだろうか。


 永目メメは同じ事務所に所属するVtuberの一人、チャンネル登録者数は23万人であるが、デビュー時期はナナよりも半年ほど遅い。ナナは去年の4月デビュー、メメは調べたところ9月のようだった。メメのアバターは肩にかからないくらいのさっぱりとした紫系の髪色だ。ケモ耳は狼系のピンとしたもので、ナナの少し垂れた感じとは異なっている。


 はっきり言って、俺はVtuberの配信を熱心に見るほうではない。それこそ姉の配信を除いてしまえば、超有名どころの切り抜きであったり、同じ事務所のVtuberなどを少々見る程度で、一般的なオタクと比べても決して詳しいほうだとは言えない。


 だから俺は彼女のことも決して詳しい訳ではなかった。生配信のアーカイブのサムネイルを見る限り、FPSを得意としているようだ。歌ってみたなどの歌動画の再生数も高く、100万回再生を超えているものもちらほら、間違いなく今勢いに乗っているVtuberの一人である。


 姉から同業者の話を聞くことはあまりなかった。俺の心情の問題ではあるのだが、彼女の方から話し始めるならともかく、自分から必要以上に突っ込んで話をすることをあまりしたいとは思えなかった。


 10分ほど姉からの連絡を待っていたが、なかったので俺は風呂に入ることにした。彼女の配信がある日は、配信を流しながらゲームをしたり掲示板で反応を伺ったりして、配信が終わってからくる連絡に返信、それらが終わったら風呂に入って、上がった後に再度掲示板を……というのが最近のルーティンであった。


 風呂上がりに掲示板を見にいくと、コラボ配信の話題で持ちきりであった。


……………

……………


0456 なななな名無し 2023/05/17(水) 

『ナナとメメのコラボ、緊張もあっただろうけど結構良かったよな』


0457 なななな名無し 2023/05/17(水)

『まあ、緊張は感じたわ。裏ではどんな感じなんだろ』


0458 なななな名無し 2023/05/17(水)

『さあ?まだナナの方が規模がでかいし、目の上のたんこぶだと思ってるんじゃね』


0459 なななな名無し 2023/05/17(水)

『ジャンル違いだし、そんなことはないだろ。ファンひっぱってこられたらラッキーくらいは思ってるかもしれんが』


0460 なななな名無し 2023/05/17(水)

『まあ、事務所内コラボだし不仲ってことはないんじゃね?』


0461 なななな名無し 2023/05/17(水)

『それは分からんよ。他事務所だけどこの前、事務所内ライバーのリークしてるやついたし』


……………

……………


 勝手に彼女らの関係を妄想するのは問題ないが、下手な推理からあたかも不仲のような噂を立てたがる人々は一体何が目的なんだろうか。まあ、見えない部分に興味がそそられるというのは人間関係に限った話ではない。本人たちの目に入らないところの噂程度ならばよっぽどのことでない限り放置が賢明だろう。(そもそも俺は事務所とは関係もなく、そのような権限もないのだが)


 そんなこんなで一通りの彼らの反応に目を通し終わったころに、メッセージが届いていることに気づいた。つい3分前だった。


『今週の金曜日、空いてない?』


 姉からのそんなメッセージ。いつも用件を先に伝える姉にしては珍しい。


『空いてるけど』

『だったら、学校終わったらうちに来て』

『何かあるの?』

『まあ、ちょっとね。当日に言うよ』


 彼女は何かを隠しているようだった。言いにくい何かがあるのだろうか、そんなことを思いながら、コラボ相手のメメの動画を見ると、ナナとの歌ってみたのプレミア公開日が金曜日であることに気づく。


 一緒に見ようという意味なのだろうか、それならば言いにくいという理由としてもある程度納得がいく。メメの方が歌が上手いので恥ずかしいのだろうか。まあ、仮に違っていたとしても何ら問題はない。金曜日の予定をスマートフォンのスケジュール帳に入力した。


 明日の学校の準備を終えて布団に入ったとき、そういえば電話しなかったな、なんてことを考えてしまった。普通の姉弟の距離感というものが、少し気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る