第3話 姉はVtuber その3
「姉ちゃん、言われてた日本語化MOD入れ終わった……」
俺はそう言ってリビングの扉を開ける。
「はぇ?」
なぜか姉は半裸であった。パンツはかろうじて履いているものの、髪にタオルを巻いて、手には着替えを持っていて、上半身を隠すものは特に何もなかった。
「いや、ちょっt……まって」
彼女は咄嗟に上半身を頭に巻いていたタオルで胸を隠す。手に持っていた着替えがパタリと落ちた。俺は扉を勢いよく閉めた。
「ごめん、寝起き直後の記憶がないわ。とりあえず服着るね」
ドア越しに彼女はそんな弁明をした。俺はそんな彼女を見て、酒って怖いなぁ……ほどほどにしようと心に誓った。
しばらく扉越しに布の音がした。せめて脱衣所で着替えろよ、てかいつもリビングで着替えてんのかよ。大丈夫だと思うけど万が一覗かれたらマズいだろ、なんて余計な事を心配してしまう。
「着替え終わった。開けていいよ」
扉を開けると普段着の姉がいた。黒いTシャツに白い長めのスカートというシンプルなスタイル。髪がまだしっとりと濡れていることを除けば、特に問題となる部分はなかった。
「お見苦しいものをお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした!!」
姉は俺を見るなり土下座した。胸が太ももに押し潰され悲鳴をあげていた。巨乳ってそんなことになるのか……じゃなくて!!
「いや、怒ってないし。大丈夫だから」
これをいうとファンに殺される恐れがあるのだが、実は彼女の下着を見る程度の事故ならばかなりの頻度で起こっている。
正直、本当に洒落にならない頻度で。具体的にいうなら、3回に1回くらいの頻度で。
ただ、それまではせいぜいチラ見えだったり、干しっぱなしの洗濯が散らかっているであったり、まあ姉弟なら許されるかな(?)程度の軽い事故だったのだが、最近は明らかに一線を超えているものが多いのも事実。
「本当に怒ってはないけど、姉ちゃんも注意はしてほしい。普通に危なっかしいし……お酒もほどほどに。まだ20なんだから」
「肝に銘じます。しばらく禁酒します」
と姉がもう一度深く頭を下げて、その小芝居は終了した。俺は彼女の運営に飲酒配信させないように後で忠告しておこうと思った。
「じゃあ、俺はもう帰るよ」
今日の用事も済んでいるし、これ以上部屋にいる意味もないと思ったので、俺はそう言った。
「え?アニメ途中じゃない?見ていかないの?」
「……見る」
彼女の裸のせいですっかり忘れていたそれを思い出す。テレビはずっとつきっぱなしだった。まあ、親には姉の家によるから帰りが遅くなると伝えているので問題はない、ただ夕飯の有無だけは伝えないと怒られる。
ソファに座ると隣に姉が座ってきた。
「もう見たんじゃないの?」
「神回だったからもっかい見る」
視聴前にハードルをあげられるのは好きじゃないんだが……そんな面倒なオタク的思考を持ちながら、再生ボタンを押した。
♢
結論。神回でした。
主人公とヒロインの一人が仲をさらに深める回だったのだが、作画のクオリティ、声優の演技、BGM、心理描写、どれをとってもハイレベルで引き込まれる回だった。姉は隣で泣いていた、二回目でも泣けるのは凄いと思う。
「ね?良かったでしょ」
姉は得意げだった。このアニメは彼女が原作の時からずっと追っていた作品だ。隣の部屋には原作小説と漫画版が揃っている。ボーイズラブの要素があり、女性向けの印象があったことから少し敬遠していたのだが、アニメだけでも見ろと強引に勧められて視聴し始めたという経緯がある。
作品は面白いし見始めたのは正解だった。ちなみに、彼女は自身の配信でもたびたびこの作品については言及していて、多分、布教にはそこそこ成功している。なんせ一万人や二万人に同時に作品を進められるのだ、インターネットは凄いものだとつくづく感心する。先週あたり、彼女に小説版も近々読もうかなという話をしたら、布教用と言って三巻まで買ってくれた。アニメ版を見終えたら読み始めるつもりである。
「ねえ、ご飯うちで食べていきなよ。ママには連絡しておいたから」
多分、感想を語りたいのだろう。姉弟ということもあって、オタクコンテンツへの熱量は近いものがある。すでに少し鼻息の荒い彼女を見て、帰りが余り遅くならないように心の中で願った。
夕飯については二人で相談した結果、中華料理を宅配で頼むことにした。部屋に料理が届くなり、ビールを開けようとした姉の腕を握る。
「…ど、どうしたの?」
「いや、さっき禁酒するって言ったのに何でお酒を開けようとしてるの?」
姉ははっとした表情で急いで冷蔵庫にビールを片付けて、ジュースを二本持ってきた。二人でそれを開けて乾杯する。こんな歳からアルコール依存症なんて洒落にならないと思った。
一人暮らしの食事はやはりさみしいのだろうか、姉は饒舌だった。長い長い感想会だった。19時に夕飯を食べ始め、結局部屋を出たのは21時をまわっていた。
結局駅まで見送ってくれた姉と別れを告げるとき、大学生の恋愛ってこんな感じなのかななんてことが少しだけ頭をよぎったが、決して口には出さなかった。俺がこうしていられるのは姉弟だからなのだ、一応インターネットでアイドルをしている彼女に、ましてや実の姉に、そんな感情を抱くなんていいわけがない。
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