第10話 姉の事務所のVtuber その7

 俺が歌い終わった後は、やっぱりメイさんのターンに戻った。一度トイレに行って落ち着いたのだろうか、メイさんはハイテンションな曲よりもバラードなどを多く歌うようになっていた。


 残りの時間は45分あたりだろうか。正直結構眠くなってきていた、というのも今日は高校ではハードな授業も多く、姉のマンションに行った後すぐに食事に行って家に帰って、その後また少しだけ休憩した後にカラオケ。一般男子高校生よりも引きこもり気味の俺にとってこのスケジュールは結構きついものがあった。


 そこに来てのメイさんのバラード、正直もう俺はかなりうとうとし始めていた。眠るわけにはいかないので気分転換に曲でも歌おうかと思い、マイクを貰って本日二曲目の歌を歌うことにした。眠い時にハイテンションな歌を歌う気にもなれず、最近流行っていた恋愛映画の主題歌を歌うことにした。俺はあまりそのような曲は聞かないのだが、かつてボカロPとして活動していた人が作曲者だったので、その曲だけはたまたま聞いていたのだった。


 ゆったりとした曲調の歌は歌いやすく、先ほどの曲よりも音程バーの外しが少ないような気がした。高得点が取れそうだったので少し集中して歌を歌った。そのせいで、俺は間奏のタイミングで横からズシリともたれかかられるまで、隣のメイさんが眠りかけていたことに気が付かなかった。


 どうしようもないので後半を歌い切ったが、思ったような点数は出なかった。肩に乗っかった頭とシャンプーか何かのいい匂いのせいで、思ったように歌えなかったからだろう。


 肩に乗っかった彼女の頭は歌っている最中にどんどんと下の方へとずれていき、歌い終わった頃には膝枕のような状態になってしまっていた。


 結果発表を終了させるとアイドルの新曲の宣伝が流れる。それをボーッと聞き流しながら、ゆっくりと身体をずらして彼女を起こさないように太ももの上の頭をソファの上にやった。


 ずっと宣伝が流れるのが煩わしかったので曲を消すと、すうすうという可愛らしい寝息と、隣の部屋だろうか、どこかの部屋の盛り上がりが微かに聞こえるようになった。俺はどうにも歌う気にもなれず、彼女とは別のソファで横になって仮眠をすることにした。



「おーい、起きろー」


 優しい声で起こされて目を覚ますとそこにはメイさんがいた。


「帰るよー。もうすぐ始発が来るぞー」

「え?どういうことですか?」

「言葉のまんまだよ。部屋にかかってきた電話で目を覚まして、まだ寝てたかったから延長できますかって聞いてフリーにしてもらった」


「マジっすか」

「マジマジ。まあ私は3時くらいには起きて普通に歌ってたんだけど。君眠り深いよね。全然起きないんだもん」

「はあ、まあ……」

「後ちんちんもおっきかった」

「え?」


 咄嗟に股間に手を当てると朝立ちしていたことに気づく。


「すみません……」

「いや、冗談だから。見てないって、児ポ案件になっちゃうよ」

「はあ……」


 寝起きで頭が回らないのか、俺の中でイマイチどんなテンションで彼女と会話をしていくべきか決めかねているような感じがあった。


「すみません。ちょっとトイレ行ってきます」

「おう、いってらー」


 彼女にそう言われてトイレに入って洗面台で軽く顔を洗って目を覚ます。本当は頭から水をかぶりたかったが、大きなタオルは持っていないので諦めた。


 トイレから出てソフトドリンクのコーナーをチラリと見ると、同じような客がスープバーを入れているのを見かけた。


 どうやらスープも無料だったようなので俺はオニオンスープを入れて部屋に向かうことにした。


 俺が部屋に入るなり、すぐに彼女は

「うわ、スープじゃん。忘れてたー。私も飲みに行こ」

 と言って部屋を出ていってしまった。


 ゆっくりと口に含むと暖かいオニオンの風味が口に広がる。多分インスタントなんだろうけど、十分に美味しいと感じられた。


 そんな時、突如スマホが鳴り始めた。姉からの電話だった。


「優くん!?今どこにいるの?大丈夫」

 姉は僕が電話に出るなり、切羽詰まった様子でそう言った。

「ごめんごめん。いろいろあって、まだカラオケの中にいるんだ。駅の近くの〇〇ってところ。あともうちょっとしたらそっちに帰るから」

「それならよかった。終電でとか書いてあるから知らない間に家に帰っちゃったのかと思ったんだけど、それにしては2人の荷物そのまま残っているし……そっか、カラオケなら……うん。いいや……」

 何か妙な勘違いを起こされているような気がしたが、それを指摘するとなんだか面倒なことになりそうだったので、俺はあえてスルーした。その後一言二言交わして通話は終了した。


 ちょうどそのタイミングで、部屋の中にメイさんが帰ってきた。手に持っているのはコーンスープのようだった。


 俺たちは、自分のスープをちびちび飲みながら、スマホを触ったり、たまに一言二言何かを話したり、そんなことをしていると退店10分前を告げる電話が鳴った。それをメイさんが取って、ちょっとだけゆっくりしてから部屋を出た。


 清算は全て彼女がカードで行っていた。軽くお礼を言うと「社会人が男子高校生連れてオールなんてした挙句割り勘になったら大炎上案件だろ」と至極真っ当なことを言っていた。


 姉のマンションに二人で戻ると

「なんだか知らない間に二人が仲良くなったみたいでずるい。今度私も連れていってよね」

 と口をぷくーっと膨らませながら言ってきた。酔いは比較的さめているように思えた。


「いいよ。今度はそーしよう。また会おうね。楽しかったよ」


 なんだが、それを断るのはこのいい感じの空気を壊すような気がして、俺はまんまと二度目の約束をすることになったのだった。

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