第15話 格闘ゲームの特訓 その4

 食事前のタイマン勝負の結果、俺はかなり技術が向上し、既にメイさんの一番得意なキャラクターと戦っても何回かは勝てる程度に成長した。実は回避のシステムが変更になった都合で強い動きが少し変わったらしいことや、その他の小学生の頃には知らなかった細かな仕様を色々教えてもらえたのはかなり良かった。


 正直、キッチンの方から悲鳴や爆発音が聞こえてくる展開に備えて多少意識をそちらに向けていたのだが、実際はそんなことは起こらずに料理は上手くいっている様子だった。忙しそうだったので一度手伝おうかと声をかけたのだが、大丈夫と言われたので結局最初から最後まですべて姉がひとりで料理をやり切ったことになる。


 ご飯できたから食べようと声をかけられたのでそちらに目をやると、テーブルの上にはポテトサラダとハンバーグ、付け合わせの人参とインスタントのスープという、かなりしっかりした料理が並んでいた。


「うわ、美味しそう。私料理しないから家の料理久々だ」

「姉ちゃん、料理できたんだね。してるところ見たことなかったから、正直驚いてる」

「さすがにそれくらいはできるよ。最近は動画とかも上がってるし、色々調べられるからね。今度料理配信もやってみようかな」


 二人に褒められて姉は得意げだった。実際に味も申し分なかった。ただ、冷静になると女子大生と成人女性の二人と家でご飯を食べるのは何というか妙な感じがしたが、そもそも家に入っている時点でアレなので今更気にしても仕方がないだろう。


 食事を終えた後は、片付けを俺が担当して、メイさんが姉をつきっきりでゲーム指導をするということになった。キッチンまで聞こえる二人のわちゃわちゃした声をBGMに皿を洗うと、ただの皿洗いが普段のそれよりも何倍も楽しい作業のように思えた。


 指導は皿洗いだけの時間では終わらず、結局1時間以上は二人で基本的な動きやコンボの練習をしていた。効果はそこそこ早く出たようで、最初は手も足も出なかったレベルのCPU相手にもそこそこの勝負ができるレベルにまで成長していた。


 メイさん曰く、弟ができるんだから姉ができないはずがない。らしいが、実際に同じだけの時間をかけたならば姉の方が強くなるのではないかというレベルで成長速度が著しかった。


 俺は適当にテーブルの上で高校の宿題をしたり、SNSを徘徊したりして時間をつぶしていたのだが、気が付くと時刻がもう10時をまわっていた。


「メイさん。もう十時になってますよ」と彼女に声をかけるが、

「泊まれば良くね?」なんて返事が返ってくる。

「別に明日の朝帰ればいいじゃん。前もそうしてたんだし」

 それを言われると何も反論ができない。姉は姉で

「強い対戦相手は一人でも多いほうがいい」

 なんてどこかにいそうな戦闘狂みたいなことを言っている。めちゃくちゃだと思いながら、仕方がないので泊まっていくことにした。正直、ゲームがしたかったというのもあった。


 そのような理由から一週間開けての二度目の宿泊を親に連絡すると『仲がいいのはいいけど、くれぐれも変なことはしないように』なんて意味深にもとれそうなメッセージを受け取った。


「ちょっと、優くん。風呂洗っといてくれない?一回風呂入ってさっぱりしたい」


 姉はゲーム画面から目を動かさずに俺に向けてそう言った。明らかに目がバキバキで見たことがない表情で多少心配になったが、それだけ集中しているのだろう。俺は言われた通りに風呂の準備に取り掛かった。



 風呂の掃除をして部屋に戻ると、テーブルの上にはいくつものお酒の缶が転がっていた。見たところ、メイさんが飲んだようだった。禁酒中の姉に代わって溜まっていたお酒を消費したのだろうか。姉が風呂に言った後に質問をすると俺の予想は当たっていたようだった。


「正直、身もふたもない事いうんですけどナナって別にこのゲーム強くなる必要ってないですよね。そういう方針の配信者でもないですし」


 俺はふと思ったことを口にした。実際、下手くそなプレーでも面白い配信はいくらでもあるし初見プレイならではの楽しさというものもあるだろう。それでも、彼女は(ホラーゲームなど初見の面白さ要素が強いゲームを除いて)基本的に一度はゲームにさわってから、場合によってはしっかり練習してから配信にのぞむ。それが七奈ナナの実況スタイルだった。


「それがあの子のいいところなんじゃない?真っすぐで努力家なのは配信にも出てると思うよ」

「でもあの目のキマリ具合は配信に出せませんけどね」

「そこがVtuberのいいところ。喉さえ良ければ顔が死んでても何とかなるのよ」


 メイさんはかなりの量を飲んだのか、ほんのりと赤い顔でそんなことを言った。

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