最終話
「優くん、久しぶり。テストお疲れ様」
12月の頭にテストがあったので、少しの間会っていなかったせいか、彼女に会ったときにいつもよりも胸が高鳴るのを感じる。
待ち合わせに座っていた駅の近くの公園のベンチ、姉曰く今から店に行っても少し待たされるらしい。もう夕方はすっかり冷え込んでいるので店の中で待つのもいい気がするが、二人きりの公園のベンチで時間をつぶすことにした。
「久しぶり。そっちもテストの時期じゃなかったっけ?」
「……ああ、そうなんだけど……実は夏から休学してたんだよね。いろいろ忙しくなっちゃって」
「ああ、そうだったんだ。別にいいんじゃない?やりたいことができてるんだったら」
夏以降(厳密に言えば夏季休暇に入ってから)の彼女は確かにコラボやら何やらが非常に多く、明らかにVtuberの関係の方で忙しそうにしていた。大学の勉強については、いつでもできるんだし人気があるうちは配信者として活動したいならそうするべきだと思う。
「ごめんね。ほんとはちゃんと伝えたほうが良かったんだろうけど、もしも成功しなかったら余計な心配かけちゃうかなって思ってさ」
「いや、別に心配はしないよ。姉ちゃんなら何とかするって信じてるから」
俺の発言を受けて嬉しそうにする姉。ここ数か月で彼女はしっかりすることが増えて、部屋の掃除なんかをする機械もめっきり減ってしまっていた。それに関しては少し寂しいような気もしている。
「優くんってさ、大学に進学する予定なんだよね。志望校とかってどうするの?」
「まあ、いろいろ考えてはいるよ」
俺が志望しているのは東京の中堅私立大学であった。自宅からは通えないわけではなかったが、少し通学に時間がかかってしまう。そして、そうなると必然的に姉と共に過ごす機会は減少することになる。
姉と同じ大学に通うことも考えたが、現在志望している学部がないのにその大学を受験するのはあまりにも露骨で、それは良いことではないような気がしていた。
「お母さんからは○○大学って聞いてたんだけど、違った?」
「いや、あってるよ。一応、そこを目指しているつもり」
だけど、会える機会が減るのが寂しい、とは口が裂けても言えなかった。あくまで姉弟である俺が、その言葉を出すのはいけないような気がした。
「なんか、悩んでることあるの?」
「…………」
何も言えずに俯いてしまう。
「優くんが大学に受かったら、私もその大学の近くに引っ越しちゃおうかな~。なんてね」
俺はその言葉を聞いて顔を上げるが、彼女は俺の考えを見抜いていたように意地悪な笑顔を浮かべる。
「私と会えなくなるのがそんなに寂しいんだ」
「いや……別に……」
言葉だけで否定するものの、それが嘘であることはバレバレだった。
「ちなみに冗談みたいに言ったけど、私は本気だよ。一緒に住もうよ」
「さすがにそれはまずくない?配信中どこに行けばいいのさ」
「ちゃんと広めのマンションにすれば大丈夫だよ。そのためにお金貯めてるんだから」
「……本気?」
「うん。本気と書いてマジだよ」
彼女が嘘をついていないことは長年一緒に過ごしてきたことからよくわかった。ただ、そうだとしても俺にはその提案は受け入れられないものだった。
「ごめん。嬉しいんだけど、その提案は断らないといけない」
「……なんで?」
彼女は驚いた様子で俺の方を見る。言い訳をいくつか考えようとしたものの、そんなことをしてもきっと彼女にはバレてしまうだろう。俺は彼女に自分の気持ちを正直に伝える決意をした。
「あのさ……姉ちゃんが俺の事を好きっていうのはきっと姉弟だとかそういう気持ちの好きだと思うんだけど。俺はそうじゃなくて……正直にいえば……一人の人としてというか……」
そこまで言ったところで、それ以上の言葉が出なくなってしまった。きっと彼女には嫌われてしまっただろう。俺が顔を上げると、姉は泣いていた。
「ごめんね。私も優くんに伝えなきゃいけないことがあるの」
心臓がバクバクして周りの音が遠ざかっていくような気がした。何を言われたとしても彼女とはこれでお別れなのかもしれない。そう思うと、やっぱり正直に伝えたことは間違いなのではないかと思ってしまう。
「あのね……」
彼女の言葉だけが耳に入る。世界から彼女以外の音が消える。
「私も同じ気持ちだった」
「……え?」
「ごめんね。いままで隠してて。きっと私の方から伝えるべきだったのに、自信がなくて」
なんとなく、そんなことがあったらいいなと思っていたわずかな可能性が現実のものになってしまい、頭の中が真っ白になる。しかし、それと同時にこの禁断の関係をそう処理するべきなのか、頭の中で様々なシナリオを構築する。
「あとさ、私達、姉弟じゃないよ」
「……は?」
「ごめんね。実は私のお父さんバツイチで死んでるんだよね。それで本当はお母さんの方に行かされる予定だったんだけど、お母さんはもう再婚しちゃってたし私なんていらなかったみたいで……。まあ、その後も話せば色々とあるんだけど結論から言えば、不妊で子どもができなかった私のお父さんの友達だった優くんの両親が引き取ってくれたの。その後に不妊治療が上手くいって優くんが生まれたの。って私が語っても覚えてないんだけどね。だってその時、私幼稚園に入るよりも前だったし」
あまりに急な展開に頭がついていかない。おそらく目を丸くしている俺をみて彼女は笑顔を取り戻した。
「ほんと、ごめんね。いつかは伝えないといけなかったんだろうけど、姉弟じゃないことで関係が崩れるのが怖くて言えなかったの」
「だとしたら……」
「一応言っておくと、もうお母さんからは許可貰ってるから。ただ、子どもだけはまだ作らないでねって言われてるけど」
まさかの根回し。願ったり叶ったりではあるものの、母さんはなんて話をしているんだ。女の下ネタが笑えないというのはどうやら本当らしい。というか照れるくらいなら言わないでほしい。身体の一部が熱くなるのを感じる。
「あのさ……」
「なに?」
「姉ちゃん。いや、奈々子さん。好きです。俺と付き合ってください」
「なにそれ、変な感じ」
「いや、こういう儀式は大切にしたい」
「そっか。そうだね。いいよ。よろしくお願いします」
その言葉を聞くと全身から力が抜けていくのを感じた。
「大丈夫?これからご飯行くんだけど」
「いや、なんかすごく疲れた」
「わかる。私も今何が何だかよくわかってないもん」
「あ、姉ちゃん。いや、奈々子さん」
「いや、ナナでいいよ。っていうかそれがいい」
「ナナ、登録者数77万人おめでとう」
「それ、今言う?」
「今日、一応そういう名目で集まったじゃん」
「まあ、そうか。そろそろ時間だね。行こっか」
そう言って彼女は手を差し出す。指を絡める恋人握りはありきたりな表現ではあるが本当に心臓が破裂しそうだった。
今まで姉だった彼女の手を握りながら、少しづつ冷静さを取り戻すにつれて大きな問題が浮かび上がってくる。何という事だろうか、これからは掲示板の人々の邪推が全て正しいことになってしまうのだ。
俺はすでに弟ではないし、そのうえ彼氏なのである。
ごめんなさい。あなたたちの邪推は全て正しかったです。俺は姿も知らない彼らに向けて心からの謝罪をした。
姉がVtuberなんだが俺の話ばっかりで困る〜本当に弟なんです。信じてください〜 赤井あおい @migimimihidarimimi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます