第40話 晩餐会①(計略)

 そろそろ晩餐会が始まろうかという頃。

 モーリンの宮殿内の執務室に未詳Zがいた。

 晩餐会が開かれる大広間からは離れているため、部屋の周囲に人影はなく静まりかえっている。


「知らせを聞いて驚きました。確かに毒を飲んだところを見たのです。苦しそうにしていたので、あのまま死んだものだとばかり……」


 未詳Zはモーリンの前で失敗を悔やんでいるが、少しだけ芝居がかっているようにも見える。

 こういう者たちの本心はわからないものなのだ。モーリンは静かに言った。


「まあよい。こちらの仕業とは気付かれていないようだしな」


 部屋の奥には、赤ワインのグラスを持ったドナルドと未詳Xもいた。

 ドナルドは滞在中は片時もワイングラスを手放さないと決めているらしい。


「モーリンよ。もしあの第一王子に代替わりするとなると面倒だぞ。あの男はニクラウスのようにはいくまい。いよいよ国を取ろうかという時に、うっとおしいことよ」


 モーリンはドナルドの勝手な言い分にムカつきながらも調子を合わせた。


「スペンサーは賢すぎるようですね。意思も強く、なぜかアレの匂いに気が付いておるように思えてなりません。手駒にするのならば、先程のような馬鹿騒ぎを起こす次男がよいでしょう」


 ドナルドはワインを継ぎ足すのに忙しい。


「それで、どうするのだ?」


 遠回しな言い方だが、「もう待ったりはしないと言ったはずだぞ」と言いたいのだ。

 モーリンは既に準備をしていた。


「毒は念の為、倍の量を入れることにしましょう。まあ宮殿内で王に毒を盛った犯人ですら取り逃す奴らですからね。なあに今回もどうせ捕まえることはできませんよ」


 ドナルドはゴクリと赤ワインを飲み込んだ。


「そうだな。あっはっはっはっ。つくづくこの城の者どもは間抜けだなあ」





 晩餐会と名を変えたパーティーは、舞踏会と同じ大広間で、予定通り十九時から開催された。

 スペンサーの隣に立ち、勝ち名乗りをあげる気でいた妃候補とその家族たちは、どこか不満げな様子だ。

 まだまだ文句を言い足りないようだが、選考途中とあってはスペンサーの心証を悪くするのは得策ではない。

 結局、自重することに決めたのか、申し合わせたように作り笑顔でパーティーを楽しんでいる風を装っている。


 個々人は、舞踏会とはドレスを変えているようだが、会場内を一望した光景は先ほどとそれほど変わらない。

 派手な色の膨らんだ布が重なるように広がっているだけだ。


 イースとマルクは、未詳Xと未詳Zが宮殿内にいることに加え、アリシアとサーシャからこれ以上の関心を引くことのないよう接触を避けることにした。

 ロイドの事件を言い訳に、謹慎の意を表し晩餐会への参加を辞退したのだ。


 ミッチェルは、モーリンの間者たちに好き勝手をさせないようデレクとライアンと連携するため、イースがいないにも関わらず何食わぬ顔で晩餐会に参加していた。

 万が一に備え、ミッチェルはデレクとライアンと入念な打ち合わせを行っていた。

 敵の尻尾をつかむことができたなら、その罪を糾弾するよい機会にもなり得るからだ。





 一方、ロイドは一人、晩餐会会場となる大広間の隣のホワイエにいた。

 広間の中と未詳Xと未詳Zの様子をドローン映像で監視していた。

 さすがに晩餐会へ出席することはマルクから許しが出なかった。

 そもそも護衛は晩餐会の会場には入れないので、ここで待機なのだ。



 ライアン邸は頼もしい男たちで溢れかえっているので、ロイドも今夜ばかりはイースの側を離れても問題ないと判断した。

 会場内では、舞踏会の騒ぎが嘘のように大勢が寛いで和やかに歓談している。

 ニクラウスは昼間の陽気さのかけらもなく、どんよりとした目で背中を丸めて人形のように玉座に座っていた。


 晩餐会の開会宣言も、来客たちとの応対も、全てスペンサーがホストとしてこなしている。

 マクシミリアンは、いくぶん元気を取り戻したのか、頬にも赤みがさし、ちゃんと瞬きをしていた。


 ミッチェルはスペンサーにイースの欠席を簡単に詫びると、すぐに奥のテーブルへと引っ込んだ。

 今は同じテーブルのライアンと一緒に貴族に囲まれている。

 ロイドは大広間内に広がるドレスの数と嬌声混じりの会話をモニターし、開始早々げんなりしていた。


(私はどうやら貴族たちと親交を深めるのは苦手なようです)


 そんな時ドローンがアラートを発出した。

 ロイドは目視できる範囲に未詳Xと未詳Zの姿を捉えた。

 使用人に扮した二人はワゴンを押しながら大広間に近づいてくる。

 使用人たちは料理やワインを運び込んだり空いたグラスを下げたりして、想定以上に広間を出入りしていた。


(この分だと二人を止めるのは難しいですね)


 とうとう未詳Xと未詳Zが会場に入ってしまった。危険を察知したロイドも、二人のすぐ後ろについて会場に入った。

 堂々と会場に入っていくと、意外にも誰にも止められなかった。


(なにしろ直接伝える以外に通信手段が無いのですからね)


 会場内には丸テーブルがざっと二十ほどあった。

 一テーブル十人として二百人ほどの客と、その半分の数の使用人たちとでごった返している。


 さすがにテーブルまで行く訳にはいかないので、ロイドはドローンを低空飛行させてミッチェルに近寄らせた。


 テーブルの下で、ミッチェルの足をドローンがツンツンとつつく。

 ミッチェルは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに何事か気が付いたようで表情を整えた。

 そして壁際に立っているロイドを見つけると、ミッチェルは軽く頷いた。



 未詳Xが、ワインのボトルを手にしてニクラウスに近付いていく。

 ミッチェルは未詳Xに気が付きデレクを探した。


「いったいどこにいるんです? 王族のすぐ近くにいると言っていたのに」


 デレクはドナルドと談笑しているモーリンにピタリと付いており、未詳Xにはまだ気が付いていない様子だ。

 ミッチェルはデレクの姿を確認すると、席を立ちデレクの元へと向かった。




 未詳Xはニクラウスのグラスに恭しくワインを注ぐと、すぐに後ろに下がった。

 ミッチェルがデレクに伝える前に、ニクラウスがグラスを口に運んでしまった。

 ロイドも壁沿いに王族の近くへ向かっていたが、ニクラウスに異変は現れなかった。


(今回は毒を盛っていないのですか? 未詳Xの狙いはなんなのでしょう)


 未詳Zがスペンサーの近くにいる給仕係と入れ替わろうとしているのも気になった。


(ミッチェルは未詳Zには気が付いていないのでしょうか。未詳Xばかり見ていますね)



 スペンサーが挨拶にやってきた貴族と乾杯している。

 掲げたグラスに口をつけると、「ぐふっ」と口から血を吐いた。


「ひ、ひいっ!」


 乾杯した貴族の方は、口に入れる寸前で止め驚いてグラスを床に落とした。

 スペンサーの体がぐらりと横に傾き、椅子から落ちる。


「きゃあーっ!」

「いやあーっ!」


 またしても大広間に悲鳴が響く。


「スペンサー!」

「兄上!」

「お兄様!」


 アリシアが驚いてスペンサーに駆け寄った。

 真っ白いローブ・デコルテを床につけて、ティアラが落ちそうなほどにかがみ込んでいる。

 マクシミリアンとサーシャもアリシアに続いた。

 ニクラウスだけは何も目に入らないのか、グラスをもったまま玉座から動かない。




 ロイドは思わず口に出していた。


「王様ではなく、スペンサーがターゲットだったのですか」


 ミッチェルは誰もがその場に釘付けになっているのに、一人だけ出口に向かっている男に気が付いた。

 ロイドに毒を盛った犯人、未詳Zだ。

 ミッチェルは未詳Zを追いかけようかとも思ったが、スペンサーの命を助ける方を選んだ。



 ミッチェルはスペンサーの元に駆け寄り、すがりついて泣いているアリシアに声をかけた。


「妃殿下。大丈夫です。これを飲めば良くなるはずです。さあ、スペンサーにこれを――」


 ミッチェルがポケットから小瓶を取り出そうとした刹那、どこからかナイフが飛んできた。

 ビュンと飛んできたナイフをミッチェルが体をよじって間一髪よけると、ナイフは床に刺さった。

 ミッチェルはそのままバランスを崩すと床に倒れた。グシャリという音と共に。

 嫌な予感がした。


「まさか」


 ミッチェルが恐る恐るポケットに手を当てると、小瓶の手触りはなく、その感触は砕けた破片のものだった。


「そ、そんな――」


 ミッチェルは、ピクリとも動かないスペンサーの側で言葉を失ったままうなだれた。

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