第9話 現状確認
五日目の夜。
正確には、この惑星に到着して百九時間十一分三十四秒後。
あてがわれた部屋――城の三階、北西の角――にロイドはいた。
警護ロボットが部屋の中に閉じこもっているなど、あってはならないことだ。
だが毎晩出歩いていたせいで、眠っていないのではないかと心配されてしまったのだ。
夜になると部屋に戻らなければならなくなった。
人間の集団に溶け込みやすいように、人間とそっくりな容姿を与えられたせいだ。なんとももどかしい。
特にこの世界では、人間らしく普通に過ごさなければ、あらぬ誤解を招いてしまう。
そうなれば警護にも支障をきたすというものだ。
部屋の明かりを消しておけば窓を開けていても外からは気付かれない。
ロイドは空に浮かぶ月という、この惑星の衛星を見ていた。人間の真似をして物思いにふけってみたのだ。
ロイドは自分の置かれた状況を把握してからというもの、ずっとカウントダウンを行っていた。
ゼロまでの残り時間は、あと十時間四十八分十五秒一三。
(明日にはコントラクトが失効する――)
ロイドが最初に目を覚ました時――起動した時――、雇用主の姿はなく、周囲には様々なものが散乱していた。
着陸時に何らかの衝撃を受けたようで、固定装置が壊れ床に投げ出されたらしい。
自分のいる場所が配送ポーターの庫内だと分かると困惑した。通常ならば雇用主が目の前にいるはずだ。
それでもロイドは自分が何をすればいいのか知っていた。人間の警護だ。
想定外の事態に直面した時は、出来うる限りの情報を収集する必要がある。
ロイドは自動操縦モジュールにリンクを繋ぎ――いわゆるハッキングをして――、航行データをダウンロードしたが、事態は「不明」。
他の荷物を跨いでハッチを開けて外に出て、警護対象を発見――したと思ったのだが……。
(人間の真似事はこれくらいにしておきましょう)
現状も「仮」の状態ではあるが任務遂行中なのだ。装備点検を怠る訳にはいかない。
ロイドは毛布に包んでクローゼットの中にしまっておいた制圧支援ドローンを取り出した。
【装備品の点検】
・ヘイル弾 十八
・クレーグ弾 一
・カーボン合金チューブ 異常なし
・チタンブレード 異常なし
ヘイル弾は、配送ポーターを埋めるための穴を空けた時、二発使用した。
本来は対ドローン用で関節部分を破壊し動きを止めるためのものだが、この世界でも用途はいくらでもある。
クレーグ弾は威力が大きすぎて使いづらい。
ここで使えば数十メートル以内の建造物や生物を殲滅してしまうだろう。
現状では武力行使の機会はないと推察されるが、ここの文明レベルにおいては争いが絶えないはずだ。
(ないとは思いますが、いざという時には配送ポーターの庫内にあった最新の超小型ハック爆弾――威力はクレーグ弾の三倍――を拝借しましょう)
だがアライアンスの法規が適用されないこの世界で、いったい何に基づいて使用の判断をすればよいのか。
(マザーと一体であれば、こんな苦悩は経験しなくて済んだものを……)
ロイドは感傷的になったせいか、ハック爆弾を一つ、スーツの内ポケットに入れておきたい衝動に駆られた。
人間には起爆できないのだし、だいたい一センチ四方の立方体はこの文明化において爆弾とは認識されないはずだ。
(問題ないのでは?)
ロイドは太ももから偵察用ドローンを一機取り出すと、部屋の真下に飛ばした。
周囲に人間がいないことを確かめると、そのまま地面に飛び降りた。
静かに着地したつもりだったが、思いのほか音を立ててしまった。
誰かやってきはしないかと警戒したが誰もこない。
夜間の見張りは人数が少ないとはいえ、これでは警護しているうちに入らない。
(本当にイライラします。城を不在にするのは気が進みませんが、すぐに戻れるでしょう)
ロイドは制圧支援ドローンを呼び寄せ、ドローンの背面にある両端のグリップを掴んだ。
制圧支援ドローンはロイドをぶら下げたまま飛び立ち、城壁を超えて配送ポーターまでロイドを運んだ。
念の為、偵察用ドローンを二十メートルほど先行させたが、見事に一人もすれ違わなかった。
人間たちに夜中に山を登る習慣はないらしい。
配送ポーターが埋まっている場所は、ロイドが大木を転がしたままだった。
三本の大木をどかし、配送ポーターを起動させる。
上部の土が揺れたかと思うと、配送ポーターがぬっと現れた。
ロイドは、まず庫内に置いてきたままの制圧支援ドローン十九機をチェックした。
異常なし。
それから庫内から目当てのものを一つだけ取り出した。
(ふう。これで安心できます。ドローンたちもいつでも呼び寄せられますしね)
配送ポーターをもう一度浅めに埋めると、ロイドは来た時と同様にドローンに掴まり、城へと戻っていった。
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