第10話 イースの護衛に就任
翌朝。六日目の朝。
人間たちの朝食が終わった頃、ロイドは城の北東にある薄暗い庭にいた。
人間は明るい場所を好むので、邪魔にならないよう最近ではここを主たる居場所にしていた。
驚いたことに、イースが庭に出てきてロイドに向かって歩いてくる。
彼女は自分の目となるドローンを持っていないはずなのに。なぜ、ここにロイドがいると分かったのか。
「こんなところで何をしているの?」
今日はお嬢様モードらしい。
「どうして私がここにいることが分かったのですか?」
「そんなの簡単よ。みんなに聞いて回ったのよ」
(なるほど。妥当なやり方です)
「どう? すっかり馴染んでいるようだけど。やっていけそう?」
今日はパフスリーブの黄色いドレスを着ている。スカートの中央部分だけに白い横ストライプが入っている。
イースが身につけるドレスやリボンはいつも侍女が決めている。彼女は全く興味がないようだ。
ドローンの映像には、侍女にされるがままの魂の抜けたような顔ばかりが写っている。
「はい。お陰様で。この城は木と石と土で構築されているのですね。完全リサイクルを実現されています。本当に素晴らしいです」
「は? かんぜん――何?」
「ええと。素晴らしい建築だと言いたかったのです」
(ふう。どうしても一番フィットする単語を使ってしまいます。もっと注意しなければなりませんね)
「そういえば、ミッチェルの指示で服を何着か仕立ててもらったんでしょ。どうしてその服ばっかり着るの? しかも洗濯に出さないって聞いたけど」
イースにこの世界に存在しない素材の説明はできない。ロイドは笑って言い訳をした。
「これが気に入っていますし、自分で洗うことに慣れているものですから」
「ふーん」
ロイドのコスチュームは、リーニャンが式典に参加する場合を想定し、古典的な汎用デザインのスーツを選択していた。無論、防刃防弾機能付きだ。
「それよりも。皆さん朝食を取られたのですよね。おりいってマルク様にご報告があるのですが」
「お祖父様に? 何? 私も一緒に聞いていい?」
「はい。もちろんです。今からお部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
「いいわ。私が連れていってあげる」
ロイドはマルクとミッチェルとイースの三人の行動を把握するため――警護対象の行動論理を把握しておくことは重要なので――、ロイドの目と耳になっているドローンからの映像を分析し保存している。
マルクを観察していて分かったのだが、彼は引退して王都での権力争いからは遠ざかったかのように見えて、その実、北方の領地にいながら、かつての部下や信頼できる貴族たちと手紙のやりとりをしていた。
ロイドはマルクの行動パターンは概ね把握していたし、居場所については常に把握しているのだが、あえてイースに連れていってもらうことにした。
ドローンの映像では、マルクは今、部屋に一人でいる。マルクの部屋まではおよそ三十七秒。
(おや。ミッチェルが部屋を出ました。これは――十二秒後に出くわしますね)
きっかり十二秒後、廊下の角を曲がったところでミッチェルと鉢合わせた。
「あらミッチェル。お祖父様に何かご用?」
「いえ別に。ロイドが来て五日経ちましたからね。ここでの暮らしに馴染んできたと、お伝えしようかと思っただけです」
ミッチェルはなんでもないという顔をしているが、脈拍が早まり発汗が認められた。明らかに動揺している。
「あら。それなら私と一緒ね」
「ロイド本人も連れてきたという訳ですか」
「ああロイドはね、自分から報告したいことがあるんですって」
「へえ。君が。ではお先にどうぞ」
マルクの部屋に着くと、イースがドアをノックした。
「お祖父様。イースです。少しお時間をいただいてもよろしいかしら」
中から野太い声が響いた。
「おお、何用じゃ。入れ」
三人が部屋に入ると、「なんじゃ、お前らも一緒かいの」と、マルクは少しだけ驚いた様子を見せた。
イースがマルクの向かいのソファーに座ると、すかさず口を開いた。
「ロイドはすっかりここに馴染んだでしょう。まだ五日しか経っていないのに、もう何年もいるみたいに感じるわ」
ミッチェルがイースの横に座り、ロイドは二人が座ったソファーの後ろに立った。
はやる気持ちを抑えきれずイースが水を向ける。
「ロイドからお祖父様に報告があるんですって」
「ほお? 五日でワシに報告するようなことができたというかいの」
マルクとミッチェルに僅かに緊張が見られたが、ロイドは構わず話し始めた。
「それではご報告させていただきます。私は納品予定日――ではなく、ある方の警護を開始する予定日から五日が経過しました。私は行方不明となり、ここにこうしておりますので警護は開始されておりません。よって、当該契約は無効となり、購入者にクレジット――ではなく金銭が返還されます。多分、既に返還済みと思われます。私の製造者――ではなく、元の所有者からは登録を抹消されたはずですので、私の存在自体が消されてしまいました。今や私は幽霊のような存在になってしまったのです」
ミッチェルは渋い顔をしている。
「その――。君の、その癖のある言い回しは、どうにかならないものですかね」
マルクが破顔した。
「ふぁっふぁっふぁっふぁっ。これはこれは。面白い成り行きじゃの」
イースも驚いたらしく振り返った。顔には哀れみの表情が浮かんでいた。
「お前――。主君に捨てられたのか」
「捨てられた――。そうですね。まさに、捨てられたと言えます」
(紛失というべきなのでしょうが)
ミッチェルは振り向かずに言った。
「つまり、探していた主君とは縁が切れたということですか?」
「はい。もはや拘束される契約は存在しません。誰の支配下にもありません。私は自由になったのです」
マルクとミッチェルは互いに悟られないよう素早く目配せをしたが、ロイドが見逃すことはなかった。
「それでは正式にイースの護衛にならんか。見習いなどという嘘くさいのもやめた方がよかろう。ミッチェルは教育係に専念できるしの」
「ええ。そうしていただければ助かります。イースの出来が悪いと、『学園に通わず個別学習をしているせいだ』と、マルク様と私が悪く言われますからね」
「むうっ!」
イースは言い返せず頬を膨らませただけだった。
「承知しました。フリーというのはどうも気持ちが落ち着かなかったのです。期間の定めはなしということでよろしいでしょうか」
「期間だと? ほっほっほっ。そんなことを言う奴は初めてじゃの。ほっほっほっ」
「マルク様。ロイドの実力は私が保証します。味方でいてくれれば、これほど心強い者はおりません」
「そうか。それでは期間の定めはなしじゃ。よろしく頼むわい」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ロイドは四十五度のお辞儀を選択した。この時代のマナー把握はまだ完全ではないが、それほど間違ってはいなかったようだ。
イースが、用は済んだとばかりに立ち上がって、マルクに挨拶を言った。
「それではお祖父様。私たちはこれで失礼します。さあ」
イースの「さあ」というのが、「一緒に来い」ということだと理解して、ロイドもすぐイースに続いた。
ロイドが部屋を出ようとした時、浮かない顔のミッチェルに腕を掴まれた。
「この後旧友が訪ねて来るので、夕方までイースを城の外に連れ出してもらえませんか」
勢いよくドアから出ていったイースには聞こえないくらいの、吐息まじりの耳打ちだった。
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