第11話 急な来客
ミッチェルが言う「旧友」とは、おそらく第二王子のマクシミリアンのことだ。
昨夜、ミッチェルの部屋の窓に鷹がとまり、ミッチェルがその足にくくりつけられたメモを読んでいるのをドローンが見ている。
そのメモには、マクシミリアンがミッチェルに会いに行くため、置き手紙を残して勝手に王宮を抜け出したと書かれていた。
王宮にいる何者かから知らせが届いたらしい。手紙の最後には「S」とあった。
鷹が運ぶ手紙を受け取っているのは、今のところマルクとミッチェルだけだ。
イースが受け取っているところは一度も見ていない。
どうやらマルクのような貴族が手紙を出す場合には、正式な使者を立てて使いに出すらしい。
ロイドが来てからの五日間に、この城にも一度ならず使者が来ていた。
鷹を使ったやりとりは秘密の手紙か緊急を要するものなのだろう。ミッチェルの手紙は後者だった。
ロイドは0.一秒の思考の末、ミッチェルに尋ねた。
「ええと。今すぐにですか?」
「ええ、できるだけ早くお願いします。彼は思い立ったら相手の都合などお構いなしですからね。もしかすると午前中に訪ねてくるかもしれません。いつだって、こちらの想定よりも早く着く方でね……」
ミッチェルはそれだけ言うと、ロイドを廊下に出してドアを閉めた。おそらく、ミッチェルはマルクに第二王子訪問の件を伝えに来たのだろう。
「おい。何をつったってんだ?」
イースが頬を膨らませてロイドを睨んでいる。
「いいえ。なんでもありません」
ロイドはイースに駆け寄りながら、城の外へ誘い出す理由を十二通りほど考えた。
最適なものを選択しているところにラッパの音が城内に響いた。
パーパッパッパー。パーパッパッパー。
「うげっ!」
イースが顔を引きつらせて動きを止めた。
「イース。あの音は何なのですか?」
イースはロイドに見向きもせず、走って引き返すと、マルクの部屋のドアを思いっきり開けた。
「ミッチェル! あれは何だ! なんで――。なんで――」
想定内のミッチェルは落ち着いていた。
「何ですか。無作法にも程がありますよ。二人とも中に入ってドアを閉めてください」
イースは先ほどと同じミッチェルの隣に座った。ロイドはドアの前に立った。
「やれやれ。面倒くさいの。困ったガキじゃわい」
マルクは言うほど不機嫌そうには見えない。
「ええと。あのラッパは何なのですか?」
(そろそろ誰かが、ことの次第を説明してもいい頃ではないですかね。おっと。あと二十秒)
「君は初めてですね。あれは王族の来城を告げる合図なのですよ」
ミッチェルは言いながら、どんどん表情が険しくなっていく。
「本来ならば、最低でも三日前には使者がその旨を伝えに来ていなければならないのですがね」
(相当ご立腹ですね。ええと。あと十二秒)
「王族――ですか」
「この国の王族についてはお話ししましたね」
「はい。ニクラウス王とアリシア王妃。スペンサー第一王子にマクシミリアン第二王子。それとサーシャ王女」
「さすがです。一度しか言っていないのによく覚えていますね」
(ゼロ。はい、到着)
トントントン。
ドアの外から師団長の大きな声が聞こえた。
「マルク様。マクシミリアン第二王子の御成です」
「あい分かった」
マルクは返事をしただけで指示はミッチェルが出した。
「オークの間にお通ししてください」
「承知しました」
師団長がバタバタと足早に去っていく。足音が十分遠ざかってから、イースがミッチェルに詰め寄った。
「マジか。あいつ――。マクシミリアンが? なんで? そんな知らせ、きていないだろ!」
「そういう方でしょう。あのお方は」
マルクは王子が到着したというのに腰を上げる気配がない。ロイドは思わず口をはさんでしまった。
「イースのお知り合いなのですか?」
「私じゃない! こいつの知り合いだ。そりゃあ、私も知っているけど」
ミッチェルがイースをからかう時の「ニヤリ」という表情を浮かべた。
「イースの天敵ですからね。『ひよっこのチビ』と言われて以来ですね」
「うるさいっ! 二年前の話だろ。私はまだ十一歳だったんだ!」
「そうでしたね。身長もこれくらいでしたかね」
ミッチェルが座ったまま、右手を自分の肩くらいの高さに上げた。
「お、お前。よくも、よくも――」
(私は早く第二王子とやらが見たいのですが)
興奮しているイースをマルクが軽くいさめる。
「こらこら。それよりも何用かの」
「私に手合わせを求めてきたようです」
ミッチェルがほとほと困り果てたように吐き出す。
「ほう?」
「彼も三月から陸軍士官学園ですからね。どの程度通用するのか腕試しをしたいらしいです」
「そんな相手なら王都にいくらでもいるだろ! 筋肉バカめ!」
第二王子はミッチェルの腕前をかっているということだ。
ロイドはまだミッチェルとは本格的に剣を交えていないので、彼の腕前については評価不能だ。
「イース。相手は第二王子ですよ。あなたはブーロン領の公女として、淑女らしくご挨拶する義務があります」
「わ、分かっている。ちゃんとできる――できます」
「王族をお待たせしてよいのですか?」
誰かが言わなければならない。三人もいるというのにロイド以外に言いそうになかった。
「確かに。いつ我慢の限界がくるか分かりませんからね。そろそろ顔を出さないと。勝手に城内を歩き回られてはたまりません」
ミッチェルがマルクの支度を助けている間、イースは笑顔がぎこちなくならないようにか、顔面の体操をしていた。
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